私の履歴書(鳥羽博道-23)

 私が日頃尊敬し、目をかけて頂いていた方から、ハワイのチョコレート会社を買収しようと思う、ついては君も一緒にやらないか、との誘いを受けた。私はハワイに足を運び、先方の会社も見学したが、あまり興味がわかず、話は立ち消えになった。
 この時、その方のゲストハウスに招待され、そこから眺める風景に息を飲んだ。
 花々が咲き乱れ、小鳥たちがさえずり、爽やかな風が頬を優しく撫で、眼下に紺碧の海が広がる。「ああ、天国ってこんな身近にあったんだ」。地上の楽園とは、まさにここだと感じた。私はすぐハワイで不動産を探し始めた。社員やチェーンの方々が、お客様にやすらぎと活力を提供してくれている。その方々にやすらぎと活力を提供する場所を作りたいと考えた。
 当時はバブル期で、日本企業によるゴルフ場開発が内外で盛んだった。しかし私はコーヒー会社がゴルフ場を経営するのは邪道だろうと思った。それより、ゴルフ場一つ分のコーヒー農園を作ろうと思った。
 一九九一年(平成三年)、まず三万七千坪の土地を購入し、事業はスタートした。ジャングルの木を切り倒し、土を削り、岩盤を砕き、必要な土を盛り、鉄砲水に悩まされながら、コーヒーや果物などの木を植えていった。
 途中で、どう作っていいか分からなくなり、モネの庭園をフランスまで見に行った。
 「農園を自分のキャンバスだと考え、絵を描くつもりでデザインすればいい」と分かり、設計がスムーズに進むようになった。
 五感に感じるすべてが快感でないといけない。海に向かって水が落ちるかのように見える池を作った。一見すると海と一体のように見え、ここに映る夕日は非常に幻想的だ。四阿、遊歩道、ハンモックなども設け、ハワイに咲く花や、実のなる植物もすべて集め、ここ一カ所で楽しめるようにした。現代的なものは目に触れないよう草木で隠し、噴水の水音ひとつにも神経を使った。その後だんだん土地を買い増し、今では農園は二十万坪に達している。
 上司が推薦した社員や成績の良かったオーナーなど、年間百人くらいが当社の負担でこの農園を訪れる。焙煎や精製の工場もあるので、農園内でコーヒーも飲める。コーヒーを育て、収穫するのがどれほど大変な事かを知り、愛着がわき、販売する時にも丁寧に説明できるようになる。
 これまで常陸宮殿下と華子妃殿下のご夫妻、安倍晋三元首相、明石家さんまさんや浅田美代子さん、中村玉緒さんなど多くの方をお迎えした。
つい先日はクリエーターの高城剛さんと女優の沢尻エリカさんご夫妻が訪れたので、テレビで農園をご覧になられた方も多いのではないか。
 二十歳の頃、ブラジルで夢見た「コーヒー農園主になる」という夢が、三十五年後についに実現した。
 それだけではない。かつてブラジルで目にした、奴隷制度の名残のような労働者の姿を、うちの農園では見たくない、と私は考え、農園の労働者のために、自分自身が住んでもいいと思うような清潔で大きな家を五棟、敷地内に建てた。単なる農園ではなく、現地の労働者にとっても働きやすく、日本で働く人々にとっても活力の元になる農園を作れた事を、嬉しく思う。


---日本経済新聞2009年2月24日