本土決戦幻想(20)
今週のサンデー毎日(2009年3月8日号)の保阪正康「昭和史の大河を往く」は、本土決戦の可能性についてだった。
奥宮正武氏は、たとえ原爆が投下されなかったとしても日本は食糧不足により戦争を継続できなかっただろうと推測する。通常、国民一人当たりが食べる米の量は一石(百五十キロ)という。つまり、一日二・八合の計算になる。戦争の半ばまでは、朝鮮、台湾、仏印などからの輸入により辛うじて二・三合程度を保ったが、昭和二十年の米の生産量見込みは一人当たり〇・五四石、つまり一日約一・三合にまで落ち込んでいた。
オリンピック作戦(九州上陸作戦指令=一九四四年六月二〇日決定)の第三項では第六軍司令官ウォルト・クリューガー将軍に六つの任務が与えられていた。
オリンピック作戦の翌年三月一日にはコロネット作戦(相模湾、九十九里から東京方面の制圧を企図する上陸作戦)が計画されていた。
第六軍は本土上陸を企図して、八月ごろからは日本の民間人に向けてのビラを集中的に南九州に撒いた節もある。そうしたビラは鹿児島の聖ヶ浦にあった震洋基地周辺や、実際に上陸する三地点などにも撒かれた。「ワタシタチワ爆撃ニキタノデワアリマセン。フネノ上ノ木ガ枯レカケテイマス。植エカエテクダサイ」といった内容のものや、アメリカの艦艇と友好的に往来しようではありませんか、と呼びかける内容の文面もあった。すでに宣撫作戦が始まっていたのだ。
資料
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