日経新聞の数字がわかる本 「景気指標」から経済が見える - 小宮一慶

本書は、丸善 丸の内本店の売れ筋本。

テーマ1

GDPを読み解く


 まず、「景気指標欄」左半分の「国内」に掲載されている指標から説明していきましょう。「国内」欄は五段に分かれています。この五段分のスペースに、一番最初(一段目左端)の国内総生産から、一番最後(五段目右端)の東証一部 一日平均売買代金」まで、全部で五〇種類以上の指標が並んでいます。
 初めて見る方なら、あまりに細かい数字がびっしりと詰め込まれているので、拒否反応を起こしてしまわれるかもしれません。でも、安心してください。本書は教科書ではありませんから、一番目から五〇何番目までの指標を、順番通りにくどくどと説明することはしません。
 こういう数字のかたまりを読み解くには、それなりの見方があるのです。
 本書では、私がいつも分析しているやり方で、経済を七つの大きなテーマに分類し、それぞれのテーマに関連する指標をひとまとめにして説明していきいます。テーマごとに、

とくに重要な指標を中心にして、その他の指標とも関連させながら数字を追っていくことによって、経済の動向を立体的にとらえることができるからです。


国内総生産(GDP) の定義を言えますか?


 日経新聞「景気指標欄」の「国内」の一段目の一番左にあるのが国内総生産です。紙面の一番左上に掲載されているのは、これが一番重要な数字だからです。(ちょっと実際に、28ページの数字を見てください。「名目」と「実質」がありますね。2006年度の数字を確認できましたか? 単位は兆円です。)
 では、なぜ国内総生産か一番重要なのでしょうか? 数字を見るときには、ただ数字がいくつだとか眺めるだけでなく、こういう根本的なところから考えてみなければ、本当の意味が見えてきません。
 そもそも国内総生産とは何でしょうか? 私はセミナーなどの会場で、この質問をすることがよくあります。すると、多くのみなさんは「GDPです」と答えてくれます。正解です。では、GDPとは何でしょうか? 今度は「国内総生産です」と答えてくれる人もいます。これも正解ですが、こんな禅問答のようなことをしていても、本当の意味は見えてきませんね。
 国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)をひとことで定義するなら、「ある地域で、ある一定期間(一年間)に生み出された付加価値の総額」です。
 「付加価値」とは「売上高 マイナス 仕人れ」です。企業は、何かを仕入れて、商品やサービスを売り、売上を計上するわけです。こうした企業の活動のなかで仕入れたものの金額と売り上げた金額との差額が付加価値です。そして、日本国内のすべての企業や個人か生み出した付加価値を合計した金額がGDPになるのです。
 GDPはまた、「日本国内で作り出された財(モノ)とサービスの合計」と定義することもできます。付加価値を合計すると、最終的に作り出されたものと一致するわけです。「作り出された」というところがポイントで、これは輸入品は除くことを意味します。
 GDPのことを、全企業の売り上げ(売上高)の合計だと思っている人がよくいますが、それは間違いです。単純に企業の売上高を合計していくと、付加価値の部分が二重にも三重にもカウントされるので、本当に日本国内で作り出された価値を過大評価することになってしまいます。
 ですから、仮に部品メーカーA社と完成品メーカーB社の二杜だけしかない国があるとすれば、その国のGDPは、A社の「部品の売上高 マイナス 原材料の仕入れ」とB社の「完成品の売上高 マイナス 部品の仕入れ」を合計した金額です。決して、A社の売上高とB社の売上高を単純に足した金額ではありません。
 もう一つ補足しておくと、GDPと似たような言葉にGNPというのがあります。Gross National Productを略したもので、こちらは「国民総生産」と呼ばれます。定義は「日本国民が作り出した財(モノ)とサービスの合計」となり、GDPの定義の「日本国内で」の部分が「日本国民が」に変わります。
 大ざっぱに言えば、日本国内で外国人が作り出したモノはGDPに含まれますが、GNPには含まれません。反対に、日本人が国外で作り出したモノはGDPには含まれませんが、GNPには含まれます。要するに、場所を対象とするのがGDPで、人を対象とするのがGNPなのです。
 かつては国の経済規模を表すのにGNPを使うことが多かったのですが、ある国や地域の経済規模をはかるのには場所を対象としたほうか都合がいいということで、いまではもっぱらGDPが使われるようになりました。


GDPが伸びないと給料が上がらない


 さて、これで「GDP=付加価値の合計」という定義が分かりましたね。
 では、なぜこの数字が一番重要なのでしょうか? それは、付加価値の中味を考えてみれば分かります。
 実は、GDPという付加価値のかなりの部分を占めているのは、人件費なのです。なぜなら、国民一人ひとりの労働がモノやサービスを作り出している大きな要素だからです。
 大ざっぱに言うならぱ、GDPの増加は、私たちの給料の総額が増えることを意味します。反対に、GDPの減少は、私たちの給料の総額が減ることを意味します。(マクロ経済でも、企業の経営でも、付加価値(マクロで言えばGDP)に占める人件費の割合のことを労働分配率と言い、マクロ経済でも企業経営でも大変重要な指標です。)
 ここ数年、日本の人口はほとんど増減していませんから(だいたい

(Column) 自然成長率

 ハロッド・ドーマーの理論における経済成長モデルの一つで、労働供給の増加率(労働人口の伸び率)nと技術進歩率(労働生産性の向上率)μの合計n十μと定義される。これはすなわち、経済において労働の完全雇用を維持しながら達成可能な成長率を示しており、自然成長率に等しい率で経済が成長していれば、労働を完全雇用しながら、長期的な経済成長が可能となる。

参考資科:井堀利宏「入門マクロ経済学」(斬世社)


日経新聞の数字がわかる本

日経新聞の数字がわかる本

目次
はじめに

月曜朝の日経「景気指標欄」を読んでいますか?
パート1 基礎トレーニング編
テーマ1 GDPを読み解く
国内総生産(=GDP)の定義を言えますか?/GDPが伸びないと給料が上からない/「名目」と「実質」/「前期比年率」のマジック/GDP=民需+政府支出+貿易収支/家計の支出が減ればGDPも減る/企業の投資も深刻な落ち込み/貿易は世界的に縮小している/政府がお金を使うしかない
「景気指標」を読み解く七つのポイント その1 指標の「定義」を知る
テーマ2 企業活動全般を見る
景気は二〇〇九年二月に底入れした?/「D−」と「C−」はどう違う?/在庫の減り方にも良し悪しがある
テーマ3 業種別の動向を押さえる
事業再編で生き残りを目指す半導体業界/鉄鋼は年産一億トンが損益分岐点/広告扱い高は名目GDPとパラレルで動く/ゼネコンが好調なら景気は落ちはじめている/価格が下がり傾向のときは住宅は売れにくい/不要不急の商品は売れなくなっている/新車販売が四〇〇万台を割り込む可能性も
「景気指標」を読み解く七つのポイント その2 おもな数字を党えて「基準」を作る
テーマ4 雇用を見る
現金給与総額は、日本中の給与の総額ではない/「派遣切り」から「正社員切り」へ
テーマ5 物価を見る
物価には「消費者物価」と「企業物価」と「輸入物価」がある/消費者物価が上がらないのは企業が値上げできないから/再びデフレスパイラル突入の兆し
「最気指標」を読み解く七つのポイント その3 「定点観測」で「時系列」の変化を見る
テーマ6 金融の動向を見る
世の中の「お金の量」を把握する/お金を「じゃぶじゃぶ」にして景気を刺激する/もう「公定歩合」は存在しない/不気味に上がりはじめた長期金利/倒産件数が月間一五〇〇社を超えると危ない/国際収支は国の損益計算書
「景気指標」を読み解く七つのポイント その4 一つの数字に「関心」を持つ
テーマ7 市場の動きを押さえる
外国為替には取引所か存在しない/株式市場の勢いは「売買金額」に表れる
「景気指標」を読み解く七つのポイント その5 数字と数字を「関連づける」
テーマ8 超大国アメリカの景気を見る
アメリカ人が買わないと世界が困る/「住宅着工」が増えないと景気は上向かない/あのアメリカ人が貯金を始めた/世界が注目している「雇用統計」の発表/ダウ平均の構成銘柄はたった三〇社/アメリカも長期金利の上昇が心配
「景気指標」を読み解く七つのポイント その6 「仮説」を立てて「経済を見る」
テーマ9 ヨーロッパ経済を見る
金融危機のダメージが深刻な欧州経済/実体経済は悪化しているのに株価は上昇
テーマ10 アジア経済を見る
中国の貿易黒字激減は何を意味するか?/中国は米国債の最大のお客さん
テーマ11 商品相場を押さえる
「現物」と「先物」の違いを知る/再び高騰しはじめた資源価格
「景気指標」を読み解く七つのポイント その7 数字を予測してみる


パート2 実践トレーニング編
その1 「一〇〇年に一度の経済危機」を過去と比べてみる

景気の落ち込みを探る三つの数字/「生産」と「在庫」の関係から景況感を判断する/「製品在庫率指数」と「稼働率指数」から不況の深刻度が見える/有効求人倍率完全失業率からみる「雇用」の未来/ITバブル崩壊後も貿易黒字は維持、でも今回は.../これから本格化する企業の倒産/オバマ大統領発言にみる金融危機の深刻さ/金融危機のきっかけはITバブルにあった/アメリカの経済、打つ手はあるのか/アメリカの経済政策を見るポイント
その2 景気回復の兆しを探す
景気回復の兆しはどの数字に表れるか?/アメリカは世界中から買い物をしている/膨大な貿易赤字=旺盛な個人消費アメリカ人がモノを買わなくなった/景気の回復はアメリカの「住宅着工」から始まる/金融機関を破綻させないことが大前提/「そろそろ在庫調整が終わる」は本当?/生産抑制と消費滅退のスパイラル/ふたを開けたら、日本が一番不景気だった/政府ができることは何か/世界経済の機関車であるアメリカかカギを握る/なぜ「銀行計貸出残高」が増えたのか/自己資本比率とは何か?/再び上昇しはじめた商品相場/GDPが落ち込んだのに、なぜ株価は上がるのか?
その3 中国は世界経済の機関車になれるか
大規模な景気対策で成長率を維持できるか?/中国が一番恐れているのはインフレ/ここにきてデフレの心配もしなければならなくなった/国が管理する通貨「人民元」/中国政府が市場からドルを買っている/中国の貿易黒字が滅るとアメリカが困る/中国がG20で真ん中に座った理由

絶対に押さえておきたい一〇指標[国内編]
絶対に押さえておきたい一〇指標[海外編]

http://www.maruzen.co.jp/Blog/Blog/maruzen03/P/8033.aspx