俺は一体何処にある?

 一月程前、自分の体内の諸器関の一つ一つに就いて、(身体模型図や動物解剖の時のことなどを思い浮かべながら)その所在のあたりを押して見ては、其の大きさ、形、色、湿り具合、柔らかさ、などを、目をつぶって想像して見た。(略)すると、私という人間の肉体を組立てている各部分に注意が行き亘るにつれ、次第に、私という人間の所在が判らなくなって来た。俺は一体何処にある?


中島敦『かめれおん日記』


子どもの頃から、ときどきこれと同じ感覚に襲われることがあった。自分が生きていることの不確かさみたいなものを漠然と感じたりした。ところが、他の人に訊いてみても、この感覚をまるで理解してもらえず、がっかりしたのだった。

中島敦 (ちくま日本文学 12)

中島敦 (ちくま日本文学 12)