接続助詞「が」の濫用

今から51年前、清水幾太郎は『論文の書き方 (岩波新書)』で、接続助詞「が」の濫用について警告した。ところが「が」の蔓延はとどまるところを知らぬようだ。テレビを見ても本を読んでも会議や雑談を聞いてもこれに遭遇しない日はない。インターネットは素人に自作の文を公表する平易な手段を与えた。結果、非逆接の接続助詞「が」の蔓延速度はさらに増している。
逆接条件でない接続助詞の「が」の問題点は、ロジックを追いにくくすることである。使わないで済むのであれば、使わない方がいい。
本多勝一の文章指南本『日本語の作文技術』から同様の指摘を引用しておく。

佐藤栄作氏がノーベル平和賞を受けたが、多くの人は嘲笑と皮肉で応じた」というときの「受けたが」は、「受けたけれども」とか「受けたにもかかわらず」という意味である。しかしこのような意味の接続助詞「が」は、たとえば平安時代の中ごろにはまだなかったらしい。有名な例は源氏物語の冒頭であろう。----


 いづれの御時にか。女御・更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いと、やむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。(山岸徳平校注「日本古典文学大系14」岩波書店


 右の「あらぬが」のガは、接続助詞ではなくて格助詞である。だから口語訳は「貴い身分ではないけれども」ではなく、「貴い身分ではない方」としなければならない。(これを山岸氏は格助詞の中の指定格に所属するものとし、「物で・物にて・物にして」に相当する機能を示しており、「物」の代わりに「人・事・様」など適当な名詞が考慮さるべきことを解説している。)
 そのような格助詞から現代の接続助詞が派生してきたわけだけれども、しかし現代の接続助詞「が」は、決してケレドモやニモカカワラズといった逆接条件だけに使われているのではない。これが問題なのである。例文をあげよう。



豚肉の自由化に当って、農林省は、安い外国産品から、国内産品との差額を関税として取り立て、結局、安い豚肉は国民の手にはいらないことになるという話。その間、経企庁もペテンにかけられたというのですが、こうした役人のいい加減な国民無視の行政態度の責任はきびしく追及されてしかるべきだと思いますが、大蔵省理財局長時代に、硬骨漢として知られた、あなたのご意見をうかがいたい。(『週刊新潮』一九七一年九月二五日号)


 これは会話体だが、普通の文章でもこの種の「ガ」がよく現れる。「ペテンにかけられたというのですが」と「しかるべきだと思いますが」の接続助詞「が」は、どういう役割なのだろうか。
 すこし脱線する、----と書いて、はてこの「が」は何かと思う〔注1〕。ケレドモと言いかえることはできるが、決してニモカカワラズやシカシのような明確な逆接条件ではない。これも問題の「が」であろう。私はいま気軽に「すこし脱線するが」と書いたけれども、これは「すこし脱線する。」と文を切るべきではなかったか。その方がはっきりする。では、なぜそれに「が」をつけたのか。では、もう一度もとにもどって----
 すこし脱線する。このような「が」について私が最初に教えられたのは、第一章でも引用した清水幾太郎氏の『論文の書き方』である。新聞記者になりたてのころ、北海道でこの本を読んで、この「が」を論じたところにとくに感心した。学生のころ自分が書いた論文や紀行文をかえりみて、この種の「が」が特別多くはなかったことに安堵するとともに、今後は意識的になくそうと思ったものだ。それでも油断していると、いま「すこし脱線するが」とやってしまったように、つい顔を出したがる。清水氏の本から一部を引用しよう。----



(「が」の用法には)反対でもなく、因果関係でもなく、「そして」という程度の、ただ二つの句を繋ぐだけの、無色透明の使い方がある。(中略)前の句と後の句との単なる並列乃至無関係が「が」で示されているのであるから、「が」は一切の関係或は無関係を言い現わすことが出来るわけで、「が」で結びつけることの出来ない二つの句を探し出すことの方が困難であろう。二つの句の関係がプラスであろうと、マイナスであろうと、ゼロであろうと、「が」は平然と通用する。「彼は大いに勉強したが、落第した。」とも書けるし、「彼は大いに勉強したが、合格した。」とも書けるのである。「が」という接続助詞は便利である。一つの「が」を持っていれば、どんな文章でも楽に書ける。しかし、私は、文章の勉強は、この重宝な「が」を警戒するところから始まるものと信じている。(中略)眼の前の様子も自分の気持も、これを、分析したり、また、分析された諸要素間に具体的関係を設定したりせずに、ただ眼に入るもの、心に浮かぶものを便利な「が」で繋いで行けば、それなりに滑かな表現が生まれるもので、無規定的直接性の本質であるチグハグも曖昧も表面に出ずに、いかにも筋道の通っているような文章が書けるものである。なまじ、一歩踏み込んで、分析をやったり、「のに」や「ので」という関係を発見乃至設定しようとなると、苦しみが増すばかりで、シドロモドロになることが多い。踏み込まない方が、文章は楽に書ける。それだけに、「が」の誘惑は常に私たちから離れないのである。


 さきの『週刊新潮』の例文で考えてみよう。「経企庁もペテンにかけられたというのですが」は、「………ペテンにかけられたといわれています」で切ればいいし、次の「きびしく追及されてしかるべきだと思いますが」は「……しかるべきではないでしょうか」とでもすればよい。
 もちろん、このような「が」は片端からそこで文を切れと言っているのではない。もし意味がわかりやすいのであれば、いくらでもつないでいけばいいだろう。この種の「が」を使われたとき困るのは、読者がここで思考の流れを一瞬乱されるからなのだ。「が」ときたら、それでは次は逆接かな、と深層心理で思ったりするが、それはあとまで読まないとわからない。それだけ文章はわかりにくくなる。これが対話として語っているときだと、文章になったときほどわかりにくくはないだろう。抑揚や表情その他が補ってくれる。しかし作文のときには、よほど注意しないと意味のわかりにくい文章の原因になりやすい。
 再び強調しよう。決してこれは「日本語」のせいではない。かつてはなかった用法なのだ。こういう使い方をはびこらせた「使い手」(自戒の意味もこめて)の責任である〔注2〕。むろん、わざと文章をわかりにくくし、あいまいにすることを目的とする場合には、これは実に便利な助詞だ。しかしそれは本稿の目的ではない。



〔注1〕181ページ 接続助詞の「が」の用法について、国立国語研究所報告3『現代語の助詞・助動詞』(永野賢氏担当)は、逆接用法のほかに次の三つを挙げている。
  ①二つの事がらをならべあげる際の、つなぎの役目をする。共存または時間的推移。
  〈例〉男は驚いて、顔を退いたが、「馬鹿! 見損ったらいけない」ぴしゃりと娘の片頬を打った。(『主婦之友』一九五〇年一月号四八ページ)
  ②題目・場面などを持ち出し、その題目についての、またはその場合における事がらの叙述に接続する。そのほか、種々の前おきを表現するに用いる。
  〈例〉神西清氏の"ハビアン説法"は、苦心推敲の作品であるが、読者のいつわらざる感想がききたい。(『朝日評論』一九五〇年一月号六ページ)
  ③補充的説明の添加。
  〈例〉……吹雪や風塵----これは関東地方で春のはじめによく起るものであるが----も電荷をもつ微粒子が運動するものだから……(『科学朝日』一九四九年五月号三六ページ)
〔注2〕183ページ 梅棹忠夫氏は接続助詞について、「たしかに論理的にまずい使い方が一般に多い。しかし逆接以外の場合でも、意味的含蓄があってどうしても使いたいことがあるので、全面的に否定するわけにもいかないだろう」と語っている。実は本書の中にも、逆接以外の接続助詞「が」が数力所で使われている。たとえば----
   (イ)以上、かなりくどく実例をあげてきたが、こうした実例から……(五二ページ一一行目)
   (ロ)まあこういった分析を、もっと徹底的にすすめていったのが「変形生成分法」なのだが、三上章氏は……(一四一ページ四行目)
   (ハ)このルポを読んだ人はわかってくれると思うのだが、広大な……(一九三ページ一二行目)
   (ニ)ここに四例をあげてみて偶然気付いたのだが、この四例とも……(二二九ページ一三行目)


 これらの「が」を使うとき、実は私はかなり迷った。しかし梅棹氏のいうように、これらは逆接でなくとも私は含蓄の上でこの方が「良い文章」だと判断したので使った。〔注1〕での永野氏の「逆接以外の三用法」にあてはめるとすれば、(イ)(ロ)(ニ)はいずれも②(前置きの表現)に、または(ハ)は③(補充)に相当するだろう。
 ともかくしかし、たとえ使うとしても、逆接以外は最少限度の使用におさえるべきであろう。

(『日本語の作文技術』181-184頁)


日本語の作文技術 (朝日文庫)

日本語の作文技術 (朝日文庫)

第一章 なぜ作文の「技術」か
第二章 修飾する側とされる側
第三章 修飾の順序
第四章 句読点のうちかた

1. マル(句点)そのほかの記号

2. テン(読点)の統辞論
第五章 漢字とカナの心理
第六章 助詞の使い方

1. 象は鼻が長い
  ──題目を表す係助詞「ハ」

2. カエルは腹にはヘソがない
  ──対照(限定)の係助詞「ハ」

3. 来週までに掃除せよ
  ──マデとマデニ

4. 少し脱線するが……
  ──接続助詞の「ガ」

5. サルとイヌとネコがけんかした
  ──並列の助詞
第七章 段落
第八章 無神経な文章

1. 紋切型

2. 繰り返し

3. 自分が笑ってはいけない

4. 体言止めの下品さ

5. ルポルタージュの過去形

6. サボリ敬語
第九章 リズムと文体

1. 文章のリズム

2. 文豪たちの場合
第一〇章 作文「技術」の次に

1. 書き出しをどうするか

2. 具体的なことを

3. 原稿の長さと密度

4. 取材の態度と確認
〈付録〉メモから原稿まで
あとがき
参考にした本