告発・現代の人身売買 - デイヴィッド・バットストーン

 人身売買は暗がりにはびこるものです。しかも、自分とは無関係の場所で、無関係の他人に起きることだと考えがちです。けれども実はそうではない。人身売買という犯罪には地球上すべての国がかかわっており、わが国も例外ではありません。

―― ヒラリー・ローダム・クリントン国務長官


 現在、この世界には3000万人以上の奴隷が存在する。あらゆる年齢の男女、そして少年少女たちが、ネパールの絨毯織物小屋で過酷な労働を強いられ、ローマの売春宿で体を売らされ、パキスタン採石場で岩を削らされ、アフリカの密林で戦争をさせられ、カリフォルニアの縫製工場で服を縫わされている。
 世界じゅうの主要都市において、表通りから一歩裏へ入れば、人間の売り買いがはびこっている。いやそれどころか、あなたの自宅のすぐ近くにも、奴隷がいるかもしれない。
 私と妻はここ数年、サンフランシスコ・ベイエリアの自宅からほど近いインド料理店で、たびたび食事をしてきた。全く知らなかったのだが、ここ〈パサンド・マドラス・インディアン・キュイジーヌ〉で私たちのためにカレーを作り、テーブルへ運び、皿を洗っていた従業員たちは、奴隷だった。
 奴隷売買人一味の存在が暴かれることになったのは、悲惨な事故がきっかけだった。ある日、17歳のチャンティ・プラティパティと15歳の妹ラリータが、バークレーのアパートの一室で意識を失っているのを、ルームメイトの少女が発見した。通気孔が詰まってしまった暖房器具から一酸化炭素が漏れ出し、中毒を起こしたのだ。ルームメイトは、家主であり、かつ3人が働くパサンドの経営者でもあるラキレッディー・レッディーに連絡した。レッディーは北カリフォルニアでレストラン数軒とアパートの部屋1000室以上を所有していた。
 部屋に到着したレッディーは、少女たちを病院に連れて行くことを拒んだ。そして仲間数人に手伝わせ、ぐったりしている姉妹をカーペットに巻いて運び出し、待たせてあったヴァンに乗せた。レッディーたちがルームメイトも一緒にヴァンに押し込もうとしたとき、少女は激しく抵抗した。
 地元の住人マルシア・プールが偶然車で通りかかり、その異様な光景を目撃した――男が数人がかりで担ぎあげた巻きカーペットの端からは、人間の足が垂れ下がっているではないか。さらによく見ようと速度を落としたプールは、男たちが少女をヴァンに押し込もうとしているのを見ておののく。すぐに車から飛び降り、力の限りを尽くして男たちを止めにかかった。結局阻止しきれなかったが、車で通りかかった人を呼び止めて911番通報を依頼し、誘拐現場を目撃したことを告げた。警察がただちに駆けつけ、誘拐犯たちはほどなく逮捕された。
 チャンティ・プラティパティはついに意識を回復することなく、地元の病院で息を引き取った。その後の捜査で、レッディーと一族のメンバー数人が、偽のビザと身分証明書を使い、何百人という大人や子どもをインドから〝密輸〟していたことか明らかになった。ビザ申請者を、ソフトウェア企業に勤める予定の高度な技術系専門家に偽装させるのが、レッディーの手口だった。しかし実際に人々の行き着いた先は、パサンドをはじめとするレッディー所有の店。そこでウェイター、コック、皿洗いとして働かされるのだ。労働者たちは、最低賃金での長時間労働を強いられ、しかもその賃金はアパートの家賃として、結局は家主であるレッディーの懐に戻る仕組みになっていた。そのうえ、もし逃亡を企てようものなら、不法滞在者として当局に引き渡すと脅されていた。
 レッディーのこの事件は珍しいものではない。いや、私の町で起きているのと同様に、あなたの町でも起こりうることだ。今この瞬間にも、10万をはるかに超える人々がアメリカ合衆国内で奴隷状態に置かれていて、毎年新たに1万7000人もの犠牲者が、国境を越えて〝密輸〟されてくるのだ。

告発・現代の人身売買 奴隷にされる女性と子ども

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