巽孝之氏のおすすめ本

月刊「みすず」(2012年1・2月号)の「2011年読書アンケート」から、アメリカ文学巽孝之氏のおすすめ本。

1 高山宏『風神の袋』『雷神の撥』羽鳥書店、二〇一一年
2 八木敏雄『マニエリスムアメリカ』南雲堂、二〇一一年
3 藤波伸嘉『オスマン帝国と立憲政』名古屋大学出版会、二〇一一年
4 サミュエル・R・ディレイニー『ダールグレン』全二巻、大久保譲訳、国書刊行会、二〇一一年
5 F・O・マシーセン『アメリカン・ルネサンス 上・下』飯野友幸他訳、上智大学出版、二〇一一年


 十九世紀アメリカ作家メルヴィルの『白鯨』が卒論だったという高山宏は、以後四〇年のあいだ、欧米マニエリスム精神史を軸にしてポスト構造主義すらほんの一翼に呑み込む壮大な知的伽藍を築き上げ、我が国の文学研究も文化研究も一気に塗り替えてしまった。ホッケからスタフォード、コリーにおよぶ思想を、さらに種村季弘渋澤龍彦由良君美の手法を自家薬籠中のものにしたその高山の新刊は『新人文感覚』と題し合計二千ページを超す二巻本。今日われわれがアイロニーパラドックス入れ子とか自己言及性とかメタフィクションディコンストラクションと呼び慣れ親しんできたポストモダンな衣裳はすべてマニエリスム意識に貫かれていたことが、この二巻本プラス、全三百枚という羽鳥文庫第一巻『「夢十夜」を十夜で』の偉業で実感される。
 高山の挑発を受け止めた八木敏雄の二〇年ぶりの単著は、岩波文庫版『白鯨』全三巻の訳者がまさにこのマニエリスムを方法論に、ポー、ホーソーンメルヴィルを中心とした十九世紀アメリカ文学精神史を縦横無尽に論じたものとして、本邦初どころか世界初の達成と思う。
 気鋭の歴史学者・藤波伸嘉が博士号請求論文を加筆改稿した第一著書は、われわれが欧米文明最大の成果と見なす民主主義が非キリスト教圏でいかなる再解釈を加えられ、いかに過激な立憲政を樹立していったのかを解き明かす衝撃の書。「オスマン人はトルコ人ではない」ことの本質が多言語による豊富な傍証により明らかになっていく論述は、スリリングというほかない。
 ちなみに二〇一一年は、長く伝説のテクストとして語り継がれた、現代アメリカの思弁小説(スペキュラティヴ・フィクション)最大の収穫『ダールグレン』(原著一九七五年)と、アメリカ文学史研究上いまも絶大な影響力を誇る『アメリカン・ルネッサンス』(原著一九四一年)がついに邦訳成った年としても、記憶されるはずである。

新人文感覚1 風神の袋 (新人文感覚 1)

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新人文感覚2 雷神の撥 (新人文感覚 2)

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マニエリスムのアメリカ

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オスマン帝国と立憲政 ?青年トルコ革命における政治、宗教、共同体?

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ダールグレン(1) (未来の文学)

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ダールグレン(2) (未来の文学)

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SUPモダン・クラシックス叢書アメリカン・ルネサンス 上巻エマソンとホイットマンの時代の芸術と表現

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SUPモダン・クラシックス叢書アメリカン・ルネサンス 下巻エマソンとホイットマンの時代の芸術と表現

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