東京プリズン - 赤坂真理

「私は神学論議をするためにここにいるのではない! 戦争の話をしているのだ」
 ライリー先生が言った。
 私は応えた。
「いや、神の話なのです。徹頭徹尾、神の話なのです。人は神を必要とする。人は神を利用する。でなければ人など大量に殺せない。私の神は特別で、私のほうが彼より神の愛を多く受けている、そう思わなければ。私が神の話をするのは、『神の名のもとに戦争をする』という愚を人が繰り返すからです。神の名のもとに戦争をするのは最悪だ。人が、人を殺すということに対して持ちうる歯止めを、なくしてしまう。しかし戦争の規模が大きくなるほど、人は人以上の何かを持ちださなければまとまれないことを察知してしまった。神の名のもとでなければ、奴らは違う神を信じている、誤った神を信じているという理由でなければ、あなた方は原子爆弾を、同じ人の子の上に落とせたのですか? 同じ人の子を、何万人も、一瞬にして蒸発させられたのでしょうか? 同じ人の子なのです、同じ人の子なのです、違う神の子なのではない。みな神の子なのです」
「あれは、戦争を止めるために必要だったことだ。そうでなければ、日本を戦場として、両軍にさらなる犠牲者が出たであろう」
「だから私たちをより大きな犠牲から救ったのだと? 礼を申し上げますが、ならばポツダム宣言発令の時点で原爆投下まで決めていたのはなぜですか? 裏事情は、議会を通さず使った膨大な予算だったから、使って威力を示さなければならなかったのではないですか?」
「そんなことはない」
「それではあなた方に訊きますが、東京大空襲はどうです? 日本人は、関東大震災と第二次大戦を、似通った風景として記憶しています。それもそのはず、東京大空襲は、関東大震災の延焼パターンを研究して、どこをどう燃やすと効率的に東京を焼き払えるかを知って、それを実行したのです。民間人を、戦略的に焼く。どのように言ってもどのような大きな目標や高邁な理想があろうと、それそのものは、国際法違反でありますね?」
「…………」
 相手は黙り、私はたたみかけた。
「それそのものについて、言ってください。それそのものは、国際法違反でありますね?」
「それそのものは。しかし」
 ライリー先生は口ごもりつつ言った。
「ありがとうございます、裁判長」
 間髪を入れず、私は言って話を打ち切った。これは反対尋問のテクニックだった。相手の言質をとって、打ち切る。
「だがあなた方は、ことのはじめから真珠湾という卑怯なだまし討ちを」
 ライリー先生が反論する。
「また、そのお話ですか? 納得してないんですか、それとも故意のゆさぶりですか? 真珠湾が卑怯なだまし討ちでなかったことは、すでにこの法廷で認められたではないですか。一九四八年十一月にその判決が判事団によってくだされている。『開戦は通告から一定の期間を置く』というハーグ条約の取り決めそのものが、どのくらいの期間を置くべきなのかを明記していない。よって、条文自体に構造的な欠陥があったと、された。よって真珠湾攻撃は、だまし討ちではなく、手違いの事故である。それに真珠湾は、軍事施設を攻撃したわけである。民間人を狙ってはいない」
「民間人の犠牲もあったはずだ」
「民間人の犠牲が致し方ない、とは言いません。が、それと最初から民間人を狙ったり、民間人の居住地域をいかに効率的に焼くか知恵を絞ったりするのとは、わけがちがいます」
南京大虐殺はどうだ? 生体解剖をした七三一部隊は? アジア諸国で日本の皇軍が犯した残虐行為は?」
 ここは、同じことの繰り返しだ。同じ劇の結節点だ。
 私はここで負けたりしない。ここで絶対、沈黙しない。

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