「超」入門 失敗の本質 - 鈴木博毅

「超」入門 失敗の本質』が売れているようだ。この本は、かの名著『失敗の本質』(1984年刊)を読み解くための入門書という趣旨で書かれたものだ。読んでみると「入門」というだけあって分かりやすい解説が順を追ってなされているのが分かる。

本書を読み終えて一番気になったのは、根本的な指摘が欠けていることだ。大東亜戦争において日本軍の六つの作戦(ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦)の失敗が分析され、その結果として列挙された指摘はいちいち妥当なものであり有益なものだ。しかし、失敗の奥にあるはずの文化的背景については全く掘り下げられていない。たとえば、人事制度において、なぜ能力主義アメリカでは受け入れられ、日本では受け入れられなかったのか。この点については一切考察されていない。

小生が考えるに背景には文化的要因が潜んでいる。アメリカはそもそもキリスト教国である。キリスト教の理念は「人は皆、神の下に平等である」ということだ。これは年齢の違いなどを超えて人間を平等に扱おうという理念だ。だからこそ、アメリカでは「戦争に勝つ」という目的を達成するための人事において各人間の「長幼」が問題とされることがなかった。問題とすべき唯一の指標は「能力」であってこれに忠実に従った。翻って、日本の文化的背景は朱子学である。ここには「長幼の序」という理念がある。これは「年少の者は年長の者を敬いなさい」という理念だ。また、この理念を補強する形で「敬語」なるものが日本語には存在する。この二つの文化的背景こそが、「戦争に勝つ」ための人事制度において、能力主義を徹底する上での障害になったのではないかと小生は仮説する。

「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ

「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ

序章 日本は「最大の失敗」から本当に学んだのか?

現代日本人のための『失敗の本質』の入り口/「想定外の変化」に対応する組織だけが生き残る/東日本大震災でも引き合いに出された『失敗の本質』/日本人は危機的状況に弱いのか?/日本軍も日本企業も『転換点』に弱い/戦略論であり「日本人特有の文化論」でもある/『失敗の本質』から学ぶ「敗戦七つの理由」
ざっくり知っておきたい戦史

失敗例としての「6つの作戦」

第1章 なぜ「戦略」が曖昧なのか?
01 戦略の失敗は戦術では補えない
なぜ、日本軍はすべてが曖昧なのか?/目標達成につながらない「勝利」の存在/日本軍の努力の七〇%は無意味だった/戦略とは「目標達成につながる勝利」を選ぶこと/戦略のミスは戦術でカバーできない
02 「指標」こそが勝敗を決める
第一次世界大戦、ドイツ敗戦の理由/日本軍と対立した石原莞爾の勝利の戦略/日本は戦略の「指標」が間違っていた/インテルと日本電機メーカーの「指標」の違い
03 「体験的学習」では勝った理由はわからない
大局観に欠け、部分のみに固執する日本軍/日本的な指標の発見――ホンダ製小型バイクの大ヒット/なぜ、日本企業は一点突破・全面展開なのか?/発見した戦略を自覚していない
04 同じ指標ばかり追うといずれ敗北する
日本に欠けているグランド・デザインの視点/日本企業が戦略を苦手にする理由/日本は隠れイノベーション大国?/マイクロソフトが世界制覇できた戦略/同じ指標ばかり追いかけると敗北する/米軍が勝利の再現力に優れていた理由
第2章 なぜ、「日本的思考」は変化に対応できないのか?
05 ゲームのルールを変えた者だけが勝つ
練磨の文化を持つ日本と日本人の美点/型を反復練習することで、型を超えるという思想/操縦技能、射撃精度を極限まで追求した日本人/当たらなくても撃墜できる兵器をつくつたアメリカ人/日本人の苦手な、大きく劇的な変化を生み出すもの/「ゲームのルール変化」に弱い日本組織の仕組み
06 達人も創造的破壊には敗れる
「創造的破壊」を生み出す三つの要素/「ヒトの柔軟な活用」が米軍の勝利を生み出した/「新しい技術」が戦局を変える変化を生み出した/「技術の運用」を変えて零戦を撃墜した米軍/相手が積み重ねた努力を無効にする仕組み
07 プロセス改善だけでは、問題を解決できなくなる
日本軍の既存の知識を強化する学習/白兵銃剣主義の怒涛の戦果/日本軍、ついにプロセス改善の限界点にぶち当たる/「売れないのは努力が足りないからだ!」は本当か?/「ダブル・ループ学習」で問題解決にあたる
第3章 なぜ、「イノベーション」が生まれないのか?
08 新しい戦略の前で古い指標は引っくり返る
マッカーサー参謀が見つけた指標/戦略とは「追いかける指標」のことである/戦闘の勝敗を決定する「指標」の発見/敵の指標が効果を発揮しない領域を探す/イノベーションを創造する三ステップ/米軍が行ったイノベーションとは/世界市場で苦境に陥った日本の主要家電メーカー
09 技術進歩だけではイノベーションは生まれない
ビル・ゲイツを横から眺め続けたジョブズイノベーション/購入行動に影響を与える「新指標」を生み出す/ダブル・ループ学習とイノベーションの関係/「失敗の本質」が示唆したイノベーションのヒント
10 効果を失った指標を追い続ければ必ず敗北する
勝利に必要な指標を見抜く力があるか/効果を失った指標から離れる難しさ/コダック富士フイルムイノベーションへの対応の違い/高い性能を目指すか、イノベーションを目指すのか
第4章 なぜ「型の伝承」を優先してしまうのか?
11 成功の法則を「虎の巻」にしてしまう
日米軍の「強み」の違いが勝敗を分けた/戦闘を重ねる中で米軍だけが勝利していった理由/成功の本質ではなく、型と外見だけを伝承する日本人
12 成功体験が勝利を妨げる
過去の成功体験が通用しなくなるとき/戦略の本質に辿り着いたインテルのCEO/体験の伝承ではなく「勝利の本質」を伝えていく
13 イノベーションの芽は「組織」が奪う
日本でもレーダーは開発されていた/勝利の本質を議論できない集団/量産を依頼された民間会社の二人が逮捕される珍事/組織がチャンスを潰す
第5章 なぜ、「現場」を上手に活用できないのか?
14 司令部が「現場の能力」を活かせない
往復二〇〇〇キロのガダルカナル制空で壊滅/知らない現場もわかっていると思い込む傲慢さ/米軍のレーダー開発に見る「現場チームの使いこなし方」/科学的思考を無視され、唖然とする日本人科学者
15 現場を活性化する仕組みがない
現場、最前線がまったく理解できない中央部/米海軍トップの「現場活用法」/米軍が追求した、戦果につながる人事システム/新戦略が生まれる場所とは?
16 不適切な人事は組織の敗北につながる
勝てない提督や卑怯な司令官をすぐさま更迭した米軍/評価制度の指標変更は、組織運営最大のイノベーション/米軍が目標達成へ向けて一直線に突き進めた理由/プロジェクトごとにリーダーを選出する仕組み/人事は組織の限界と飛躍を決める要素である
第6章 なぜ「真のリーダーシップ」が存在しないのか?
17 自分の目と耳で確認しないと脚色された情報しか入らない
珊瑚海海戦のあと、米軍がすぐに対応した二つのこと/現代の激戦地とは、最も利益が期待できる市場/正確な情報はトップには届かない/トップの行動力は組織の利益に直結する
18 リーダーこそが組織の限界をつくる
チャンスを潰す人の三つの特徴/リーダーとは「新たな指標」を見抜ける人物/戦略を理解しないリーダーは変化できない/日産リバイバルプランは誰がつくったのか?
19 間違った「勝利の条件」を組織に強要する
間違った「勝利の条件」を基に部隊を送り出すと/正しいと信じたことで倒産寸前になったエアライン/優れたリーダーは「勝利の条件」に最大の注意を払う
20 居心地の良さが、問題解決能力を破壊する
過酷な環境で生き残る組織とは/不均衡を創造する、自己革新型組織の特徴/最前線のパイロットに戦果を確認する若き名参謀
第7章 なぜ「集団の空気」に支配されるのか?
21 場の「空気」が白を黒に変える
なぜ誤った判断に集団感染するのか/オセロの白が一瞬ですべて「黒」に変わる/さまざまな可能性を空気が切り捨てる/体験的学習の文化が誤認を助長する/議論の「影響比率」を締め出させるな/「空気の正体」を理解して打ち破る知恵
22 都合の悪い情報を無視しても問題自体は消えない
「正しい警告」を無視する、麻癖状態たった日本軍/方向転換を妨げる四つの要素/情報を封殺しても問題自体は消えない
23 リスクを隠すと悲劇は増大する おわりに――新しい時代の転換点を乗り越えるために
日本人が間違えやすい「リスク管理」/リスクを隠すことで、損害は劇的に増えていく/実際に起こらなくても得はしていない/リスクを考慮しないと最終目標までたどり着けない/JAXAはやぶさ」の快挙を成し遂げた背景/耳に痛い情報を持ってくる人物を絶対に遠ざけない