色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

昨日、村上春樹の新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が発売されたので、読んだ。ネタバレがあるので、まだ読んでおらず、これから読む人はここから先は読まないほうがいい。

主人公は鉄道会社に勤務する36歳の男(多崎つくる)だ。物語は、主人公の大学時代と高校時代と、現在とを行きつ戻りつしながら展開していく。

  • 主要な登場人物
    • 多崎作(たざきつくる:主人公。名古屋出身)
    • 木元沙羅(きもとさら:主人公の現在の恋人)
    • 赤松慶(あかまつけい/アカ:高校時代の友人)
    • 青海悦夫(おうみよしお/アオ:高校時代の友人)
    • 白根柚木(しらねゆずき/シロ:高校時代の友人)
    • 黒埜恵理(くろのえり/クロ:高校時代の友人)
    • 灰田文紹(はいだふみあき:大学時代の友人。秋田出身)


読後おそらく多くの読者が一番言いたいことは、次のことだろう。主人公が最後に沙羅と会って話をする場面が描かれなかったことが非常に読後感を悪くしている。もしかすると村上は本書の続編を書く可能性を残そうとして、こうした終わり方を選んだのかもしれないが、もし続編が書かれないとすれば非常にフラストレーションの溜まる終わり方だ。

村上は数にこだわっているようだ。前作『1Q84』では月をもう一つ余分にこしらえ1つのものを2つにして見せたが、今作ではどうやら「つけ足す」のではなく「差し引く」ことに忙しいようだ。6本の指を持つ多指症の人は6本目の指を切り落とし、5人の共同体は5人目の人物(多崎つくる)を切り捨てた。

作中の謎は高校時代の友人シロに集中している。主人公が5人の共同体から切り捨てられる原因となったシロの虚言の謎は最後まで解明されることはないし、シロの首を絞めて殺害した犯人が誰なのかは分からずじまいだ。それらの謎はおそらく澱のように読者の心の底に残り続けるだろう。

作中のもうひとつの謎は、表参道に面するカフェの前の通りを沙羅と手をつないで歩いていた中年の男が何者であり、沙羅とはいったいどういう関係なのかということだ。しかしこのことは、もし沙羅と主人公が会って話す場面が本作の最後で描かれていれば自然に氷解する話なので、謎とまでは言い切れないかもしれないが。

前作ではヤナーチェクの曲が扱われていたが、今作では、タイトルにも含まれるフランツ・リストの『巡礼の年』が重要な位置を占めている。ストーリーのつなぎ役として機能しているのだ。『巡礼の年』はシロがピアノでよく弾いていた曲(正確にはシロが弾いていたのは同曲集の第一年、スイスの巻の八番目の曲『ル・マル・デュ・ペイ Le Mal du Pays』)であるとともに、大学時代の友人灰田が持っていた三枚組のLPレコードでもあった。主人公が灰田から譲り受けたそのレコードの演奏者は、ロシアのピアニスト、ラザール・ベルマンであり、一方、フィンランドでクロが持っていたCDの演奏者はアルフレート・ブレンデルだった。

「ラザール・ベルマン。ロシアのピアノニストで、繊細な心象風景を描くみたいにリストを弾きます。リストのピアノ曲は一般的に技巧的な、表層的なものだと考えられています。もちろん中にはそういうトリッキーな作品もあるけど、全体を注意深く聴けば、その内側には独特の深みがこめられていることがわかります。しかしそれらは多くの場合、装飾の奥に巧妙に隠されている。とくにこの『巡礼の年』という曲集はそうです。現存のピアニストでリストを正しく美しく弾ける人はそれほど多くいません。僕の個人的な意見では、比較的新しいところではこのベルマン、古いところではクラウディオ・アラウぐらいかな」

これはクラシック好きの灰田の言葉だ。

この演奏(引用者注:ブレンデルの演奏)はとても見事だけど、リストの音楽というよりはどことなく、ベートーヴェンのピアノ・ソナタみたいな格調があるな

こちらは多崎つくるの言葉だ。

Liszt: Annees de pelerinage (Complete recording)

Liszt: Annees de pelerinage (Complete recording)

リスト/巡礼の年:第1年「スイス」

リスト/巡礼の年:第1年「スイス」

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年