difficultは不可能の意か?

日本語の脳みそのまま英語を理解すると誤解を生じることが多々ある。例えば、"difficult" という単語。普通に英和辞書で引けば「難しい」とあてられている単語である。ならば、"difficult" を "difficult" のままではなく、日本語の「難しい」へ置き換えた上で理解すると、どうなるか? 多くの日本人にとって「難しい」という言葉は「無理である」の婉曲表現と認識されているはずだ。例えば、我々日本人が他人から「難しい」と言われたとする。すると我々は「なるほど、これはつまり無理ということか」と無意識のうちに理解するだろう。ところが、英語の聞き取りに際して、 "difficult" を日本語の「難しい」だと解して聞き取った場合、問題が生じる。つまりその場合、"difficult" の本来の意味は失われる、そして日本語の「難しい」の意味がひとり歩きして伝わってしまう、ということである。

(3) difficultは断りになる?
[Q] 遠まわしに断りたいときには、difficult で通じるか。
あと10分で大切な試験が始まってしまうのに、会場まで歩いて行ったのでは絶対に間に合いません。そこでタクシーを使うことにしたのですが、運転手さんに「10分以内で行ってください」と言ったところ "It's difficult to get there in 10 minutes." と言われました。運転手さんは、以下の a)、b) のどちらのつもりで言ったと思いますか。
a) 10分で行くのは不可能
b) 10分で行くのは簡単なことではない
c) どちらでもない
【日本人の混乱ポイント】日本語では、遠まわしに断る際に「…するのは難しい」という言い方をすることがありますが、同じように英語の difficult を使うことができるのでしょうか。

引用したのは『日本人英語のカン違い ネイティブ100人の結論 (レクシスシリーズ)』である。この質問に対するネイティブの答えは以下のとおりだ。

 米・英ともに b)の「簡単なことではない」という回答が圧倒的に多く、「絶対に間に合うという保証はないと言っている感じがする」「difficultには不可能という意味はない」という理由が多かった。
⇨ 日本人は8割近くが a)の「不可能」ととらえると回答しているが、日本語の「難しい」と同じように遠まわしに何かを断るつもりで difficult を用いても、その意図が米・英の人には伝わらない可能性が高い。

この "difficult" のニュアンスは小説の中でも確認できる。以下に引用するのは、ハーマン・ウォークの小説 War and Rememberance の第72章の一部である。主人公 Pug がソ連(現ロシア)にいて、それまで定期的に届いていた Rodha からの手紙が突然途絶えてしまったことを訝しんでいる場面である。

After all, why had Rhoda's letters ceased? Communication with Moscow was difficult, but possible. Three silent months… His fatigue and the brandy helped him blot out these thoughts in sleep.

注目して欲しいのは、"difficult, but possible" の部分である。これは「難しいが、不可能というわけではない」と訳せる。英米人にとって、"difficult" の解釈は、常にこの "difficult, but possible" の解釈である。そう頭に叩き込んでおけば、日本人が "difficult" を誤って理解する可能性はなくなるのではなかろうか。

日本人英語のカン違い ネイティブ100人の結論 (レクシスシリーズ)

日本人英語のカン違い ネイティブ100人の結論 (レクシスシリーズ)

War and Remembrance

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