第151回芥川賞候補その1 - 戌井昭人「どろにやいと」

 わたしは、お灸を売りながら各地を歩きまわっている行商人です。お灸は「天祐子霊草麻王」という名称で、父が開発しました。もぐさの葉を主に、ニンニク、ショウガ、木の根っこ、菊の葉を調合して作っています。
 天祐子霊草麻王をツボに据えて火をつければ、肩こり、神経痛、リウマチ、腰痛、筋肉痛、胃腸病、肝臓病、冷え性、痔疾、下の病、寝小便、インポテンツ、生理痛、生理不順、肌荒れ、頭痛、ぼんやり頭、自律神経失調などに良いと、いろいろな効能がうたわれています。ようするに万病に効くわけですが、どのくらい効能があるかは、人それぞれで、父は生前、「信じる人ほど効くもんだ」と話していました。
 天祐子霊草麻王を使用して、効果のあった場合は、感謝の手紙をよこしてくれる方もいて、父は、それらの手紙を桐の箱に入れて保管し、行商から家に戻るたびに、届いた手紙を眺めて晩酌をしていました。今でもその手紙は仏壇の前に置いてあります。

『半年以上も左肩が上がらず仕事もままなりませんでした。しかし天祐子霊草麻王さんに出会い、毎晩、据えておりましたら、一週間後に、肩が上がるようになりました。これでまた運転手の仕事に復帰できそうです。助かりました。』(男性・タクシー運転手)

 効果のあった人は、天祐子霊草麻王のことを、「さん」づけで読んだりもします。

『思春期の頃から尻のイボに悩まされていました。焼いたり切ったりを繰り返してきましたが、しばらくするとイボは、またそこにできます。憎しみすら感じていました。けれども、このまえ、イボを切ってからすぐに、天祐子霊草麻王を患部に据えました。毎日これを続け、一ヵ月経ちますが、現在にいたってもイボはでてきません。止めてしまうとまたイボが出てくるかもしれないという恐怖があるのですが、いまのところ大丈夫です。とにかくこの先は、天祐子霊草麻王と共に歩んでいこうと決めました。心から感謝いたします。ありがとうございます。』(女性・デパート勤務)

 尻にできたイボなんてどうでもいいではないか、と思う方もいるかもしれませんが、他人からすれば、どうでもいいような病でも、当人にとっては悲痛な思いがあり、治れば感謝してくれる。これ人情なのであります。

『目が見えるようになりました。合掌』(男性・山梨県石和在住)

 こちらに関しては、実際のところ天祐子霊草麻王がどこまで作用しているのか定かではないのですが、父が言っていたように、「信じる人ほど効く」というあらわれだろうと思います。

『海光神社の夜市で、おたくさまから天祐子霊草麻王さまを購入しました。わたくし共夫婦は恥ずかしながら、ここ二〇年以上も夜の生活がなかったのです。しかし天祐子霊草麻王さまを、旦那のそけい部に据えましたところ、その夜に、旦那がわたくしをもとめてきました。わたくし自身、性生活に対しては枯渇し、遠い昔の絵空事と思っておりましたが、天祐子霊草麻王さまによって、なんとも救われた気分になり、新たな喜びを味わうことができました。どうもありがとうございます。』(女性・四七歳)

 このように赤裸々な便りをよこしてくれる方もいます。

『先月、天祐先生が行商にいらしたとき、寝小便にも効くと講釈をしていただいて、天祐子霞草麻王さんを購入させていただきました。あのときも相談しましたが、息子は、わたしが四〇代半ばを過ぎて産まれた子供で、翌年旦那を亡くしたこともあり、随分甘やかして育ててしまい、小学六年生になっても寝小便が止まらずにおりました。そこで天祐先生のおっしゃっていたように、天祐子霊草麻王さんを息子の肛門と金玉袋の間(この部分をあなた様は、アリのなんたらと言っていましたが失念しました)に据えまし

群像 2014年 01月号 [雑誌]

群像 2014年 01月号 [雑誌]

戌井昭人(いぬい あきと)
1971年東京都生まれ。玉川大学文学部芸術学科卒業。パフォーマンス団体、鉄割アルバトロスケット主宰。

〈作品〉「鮒のためいき」2008年新潮3月号。「まずいスープ」09年新潮3月号=第141回芥川賞候補、単行本は09年新潮社刊=第31回野間文芸新人賞候補。『ただいま おかえりなさい』(多田玲子共作)09年ヴィレッジブックス刊。『八百八百日記』(多田玲子共作)09年創英社刊。「ぐらぐら一二」10年群像4月号。「河っぺりらっぱ」10年en-taxi vol.29。「ノミの横ばい」10年文學界12月号。「ぴんぞろ」11年群像6月号=第145回芥川賞候補、単行本は11年講談社刊=第33回野間文芸新人賞候補。『俳優・亀岡拓次』11年フォイル刊。『松竹梅』12年リトル・モア刊。「ひっ」12年新潮6月号=第147回芥川賞候補、単行本は12年新潮社刊。「カナリア」12年en-taxi vol.37。「天秤皿のヘビ」13年群像2月号(『12星座小説集』13年講談社刊に収録)。「すっぽん心中」13年新潮1月号=第149回芥川賞候補、第40回川端康成文学賞受賞。「青空クイズ」14年小説新潮1月号。「酔狂市街戦」14年en-taxi vol.41。