「骨ストレッチ」ランニング 心地よく速く走る骨の使い方 - 松村卓

 「こんなに腕を振らずに走っていいんですか?」
 桐生祥秀君を最初に指導したとき、彼が思わず口にしたのは、そんな言葉でした。その隣では、彼を私に紹介してくれた骨ストレッチ指導員の安井章泰君がニヤニヤとしています。一〇〇メートルのスプリンターとして世界陸上に出場した経験のある彼自身、私と最初に出会ったとき、同じような反応をしていたからです。
 これまで教えられてきた走り方とは、どうやら発想そのものが違う。しかし、いわれた通りに走ってみると違和感がなく、しかも、思いのほかスムーズに、速く走ることができる。体も心地がいい。――その現実に少し戸惑っている桐生君に向かって、私は「試しに元のフォームで走ってみてごらん」と提案しました。
 案の定、というべきか……ものすごい「違和感」をおぼえたようです。苦笑いしながら、「このフォームではもう走れないです」と声を返してきました。

 いまならばハッキリといえますが、ストレッチで伸ばされるのは、腕、肩、太ももといったように体の一部分だけです。こうした部分をいくら伸ばしても、それが体全体の柔軟性を高めることにつながるとはかぎりません。いや、むしろバランスを崩し、思うような走りができなくなるケースのほうが多いのです。

 たとえば、私が定期的に指導をしている一人に、Hさんという三〇代半ばの長距離ランナーがいますが、彼は骨ストレッチやランニングのメソッドをコツコツと独習していくことで、マラソンの自己ベストを大幅に更新しています。
(中略)
 自己ベストを出したときにもらった感想の一部を、ここで紹介しましょう。

 「何よりも印象的だったのは、三〇キロを過ぎたあたりから、一歩一歩着地したときの感覚が、硬いアスファルトから、まるで柔らかい芝生の上を走っているかのような不思議な感覚に変わったことです。それは、いまだに体の芯に残っています。しかも、翌日に体のダメージがほとんど残っていないのです。
 この二年間、骨ストレッチに取り組みながら、頭で考えるのではなく、体の声を聞くことを意識し、走り続けてきました。今年で三六歳になりましたが、いまよりももっと動ける体になれるはずだと確信しています」

松村卓(まつむら・たかし)
1968年、兵庫県に生まれる。スポーツケア整体研究所代表。中京大学体育学部体育学科卒業。陸上短距離のスプリンターとして活躍。北海道国体7位、東日本実業団4位、全日本実業団6位などの実績を持つ。その後、ケガが絶えなかった現役時代のトレーニング法を根底から見直し、筋肉ではなく骨の活用法に重点を置いた画期的なストレッチ法「骨ストレッチ」、体幹部を効果的に活用できる「松村式ランニング」を考案。陸上短距離100メートル走で10秒01の記録を持つ桐生祥秀世界陸上出場経験者の安井章泰をはじめ、多くのスポーツアスリートの指導にあたる。
著書には、ベストセラーになった『誰でも速く走れる骨ストレッチ』(以上、講談社)などがある。

まえがき――「骨」を使えば驚異の走りが実現!
第一章 間違いだらけのランニング法
レーニングそのものに問題点が
ストレッチすると体は軽くなるか
ランナーのケガが減らない原因
ストレッチで筋力はダウンする
アキレス腱伸ばしも逆効果
腹筋運動は走りの邪魔に
体幹はゆるめることが大事
チーターにボコボコの腹筋はない
ラクな身のこなしの極意
第二章 「走れる体」を作る骨ストレッチ
注目すべき目に見えない骨とは
オリンピック選手も驚くメソッド
簡単な動作で腕が勢いよくまわる
足を伸ばすだけで体幹部も刺激
カギを握るのは鎖骨の柔軟性
なぜ体の節々を押さえるのか
体幹部の骨を効果的に動かす方法
体が勝手に前に進む走り
「筋力」と「筋出力」の違い
日本記録保持者は女性並みの筋力
なぜ親指と小指を使うのか
日本人の手先が器用なわけ
小指を握るだけで歩きやすくなる
第三章 走りが劇的に変わる「立ち方」&「歩き方」
「軸を意識する」は重要か
地面を蹴って走るのは逆効果
「骨身にまかせる」ことが大事
踏ん張らなくても安定する秘密
背骨の一つひとつが動く感覚とは
体の重さをいかに利用するか
リスクが大きい「骨盤の前傾」
「ダブルT」で歩くとどうなる
足の中指を意識して歩く利点
赤ちゃんだっこの状態で歩くと
体幹をねじると力は出せない
体幹部が強制的に動く歩き方とは
ビートたけし歩き」とは何か
「飛脚歩き」と「ナンバ走り
第四章 「腕振り」&「足の運び」総チェック
腕振りはどこまで必要なのか
腕だけ振っても速く走れない
日本代表がリレーに強い理由
タスキをかけるだけで走力アップ
テニスボールで走りが変わる
高橋尚子さんの金メダルの秘密
ボルトは鎖骨使いの名手
「かかと着地」は有効なのか
「つま先着地」より大切なことは
ラダー・トレで神経を強化しても
脚力だけ強化しても意味はない
第五章 「心地よく」「速く」走るコツ
まず心地よく動けることを目指す
骨(コツ)をつかめば体は動く
筋トレは本当に必要なのか
筋肉の緊張を取り除く方法
ラクに体を動かす骨の使い方とは
外国人アスリートに勝つ秘訣
笑顔でゴールできるランナーに
フルマラソンを完走するには
「面白がって命懸け」
達成感を求める脳にだまされるな
体の深部をほぐすメソッド
走りを左右する足のケアの方法
準備運動は必要なのか
シューズ選びのポイント
第六章 日本人の走りの可能性
成長に我慢や苦痛は不要
ゴールが勝手に近づいてくる感覚
ラソン翌日に体のダメージなし
うまくいったときの理由を探ると
矛盾は矛盾のまま受け入れる
日本人の身体感覚のすばらしさ
「柔能く剛を制す」の意味
骨を使うと重心が安定する理由
二日で七〇〇キロ走れる秘密
さらに飛躍するために必要なこと
尾骨をイメージするだけで前に
働きすぎの脳から自由になると
脳に心地よさをインプット!
おわりに――「私はそれを骨で感じる」という英語の意味