いま生きる階級論 - 佐藤優

帝国主義論』という補助線
 では、ここまでをイントロとして、宇野弘蔵に入っていきましょう。
 例えば、この官僚という問題を理解するためには、〈階級〉という概念を正確に押さえる必要があります〈見えない階級〉である官僚階級の問題を扱うことで、〈国家〉とは何かも見えてくるのです。そして宇野弘蔵は、国家について本当に真面目に考えた人です。今回、宇野の『経済学方法論』をゆっくり読んでいくことによって、宇野弘蔵の三段階論という不思議な方法論についても考えていくことになります。宇野の三段階論というのは「哲学的に細かく言って、方法論とは呼べないんじゃないか。単なる手続論、あるいは一種の作業仮説じゃないか」などと、いろんな議論があります。しかしとりあえずは、これは方法論であると思っていい。
 方法、メソッドとは何か?語源はギリシャ語のメタホドスです。ホドスは「道」、メタは「その上」とか「沿って」といった意味です。どの道に沿って行くかによって、ゴールは決まっちゃいますよね。同じお江戸日本橋からスタートするにしても、南の方へ行って東海道に出たら、京都の三条大橋へ行くわけです。あるいは埼玉とか北の方に向かうように見えても、その道が中山道に通じていたら、くねくねと山の間を通っていくにせよ、やはり京都へ着く。ところが日光街道に入ってしまったら、これは絶対に京都へは着かない。どの道を行くかによって結論が決まってくるという、こういう考え方が方法論なんです。だから方法論さえ押さえれば、哲学の本や社会学の本は、おおまかな結論が大体わかってくるわけです。
 宇野弘蔵は一八九七年に生まれました。マルクスの『資本論』を読みたくて、東京大学にできたばかりの経済学部へ入りました。しかし『資本論』を教えてくれる先生はいないし、『資本論』を自分で読もうにもなかなか歯が立たない。そこで彼はベルリン大学に留学します。彼は秀才でないと自分で言っていますが、留学も官費留学ではなく、父親が「結婚したら家を建てる金をやる」と言っていた一万円を使って、留学したのです。宇野の実家は倉敷で印刷業もやるような大きな書店で、裕福な育ちだったんですね。ベルリンへ旅立ったのが一九二二年のことで、あまり大学へは通わないで、下宿に籠って『資本論』をドイツ語で読んでいった。
 宇野が『資本論』だけ読んでいたら気づかなかったかもしれないけれども、その頃ちょうどレーニンの『帝国主義論』が刊行されたんです。原題を正確には『資本主義の最高段階としての帝国主義』という本ですが、この『帝国主義論』を読んで、宇野はハッとした。マルクスの方法とレーニンの方法が違うぞ、と気づいた。レーニンの『帝国主義論』では、国家の役割がすごく強くなっている。それに対して『資本論』では、全く国家の役割について論じていない。なぜ、こういうことになるんだろう?そこを宇野青年は一生懸命考えた。それで、どうやら資本主義には流行があるんだな、と思うようになったんです。マルクスが『資本論』を書いたような、資本の論理だけで経済が回っている状況は、一八七〇年代あたりを境にして、どうやらなくなってきて、逆に国家というものが前面に出てくるようになった。それと同時に、一〇年に一回とか、定期的に起きていた〈恐慌〉というものも、どうもなくなってきたようだ。『資本論』と『帝国主義論』の違いは、どうやらこのへんから生まれているのではないか。そんなふうに考え始める。
 そして宇野は、資本主義の中において断絶があるんだ、と考えるようになるんです。彼によると「経済にはいくつかの段階的な発展があるんだ」と言うのですが、私の見るところ、宇野が言っているのは〈段階〉というよりも〈類型)に近いと思う。
 ここでは段階という言葉を使っておきますが、まず最初の段階は、国家機能が非常に強い重商主義が起きる。ちなみに、小泉首相も安倍首相もやっている、トップセールス原発や新幹線などを外国に売るというのは、今なお残る重商主義ですよ。

いま生きる階級論

いま生きる階級論

目次
まえがき
1 真理は人を自由にする
資本論』の読み解き方/日本が何もしてくれなかったから/賃金とはなにか?/労働力商品を賃金で購入する/戦争をする権利/官僚と税金/『帝国主義論』という補助線/歴史学としての経済学/宇野の三段階論/ファシズムの持つ魅力/藁人形の思想/宇野派の継承は/〈質疑応答〉
2 思考するプロレタリアート
今も残る重商主義/教養と修養/安息日の重要性/新帝国主義の時代に/恐慌と純粋な資本主義/法というイデオロギー/思考するプロレタリアートのために/ノモスとオイコス占星術だって重要/資本主義から少しズレてみる/法華経の此岸性/労農派の末裔としての/〈質疑応答〉
3 革命はどこから来るか
編集作業の重要性/真理は楕円の形をしている/稼ぐに追いつく貧乏なし/前衛思想の見本/ヤンキーとクーデター/交換様式から考える/国策映画『敵機空襲』/偶然で始まったものは/階級関係が埋め込まれる/株式というフィクション/革命の本当の意味/〈質疑応答〉
4 急ぎながら待つ
ヘーゲルの方へ/外部注入論ふたたび/反証か順応か/今の残るテイラーイズム/「微力だけど無力じゃない」/教育とカネ/商品の価値の背後/急ぎつつ待ち望む/文法命題がある/資本家も救う/生産方法はなかなか改善されない/〈質疑応答〉
5 横断的階級として生きる
ピケティへの疑義/テイラー主義の果て/友達の重要性/開口部を待ちながら/ここまでを振り返る/最大の顧客は労働者/実体資本と擬制資本/中間階級という存在/階級横断的なインテリゲンチャ/ピケティとマッカーシズム/〈質疑応答〉
6 子どもを救え
イスラム国」の財源/生命保険も擬制資本/ミネルヴァの梟のように/反知性主義の合理性/常識から逃れるために/資本主義は完全には純化しない/国家論に原理論はない/戦争がフラットにする/国家が入ってくる/帝国でないと生き残れない/チャンスは逃すな/子どもを救え
あとがき

本書で言及されている書籍
まえがき #1 真理は人を自由にする #2 思考するプロレタリアート #3 革命はどこから来るか #4 急ぎながら待つ #5 横断的階級として生きる #6 子どもを救え あとがき