危機を覆す情報分析 知の実戦講義「インテリジェンスとは何か」 - 佐藤優

 伝統への回帰を称した新自由主義政策
 鎌倉さんの考え方で面白いのは、資本主義が自立しているかどうかの論争のポイントとして、失業者の生存はどこから担保されているかが取り上げられていることです。賃金とは三つの要素から成り立っています。一ヵ月の賃金なら一番目は食料、家を借りること、服を買うこと、ちょっとしたレジャーをすること、翌月働くエネルギーを蓄えるための費用です。二番目は、家族を養い子どもをつくり、労働者階級を再生産するために必要な経費。三番目は、技術革新に対応する学習のための費用。朝日カルチャーセンターに来られる方の中にも、自らのキャリアアップという目的の方がいます。その方たちは、三番目の要素に自分の賃金の一部を使っているわけです。
 資本主義がきちんと回っているときは、この三つの要素に分配されます。しかし、そうではないときは、二番目、三番目は切り詰められるだけ切り詰めてしまいます。一ヵ月の労働のエネルギーを蓄えるためだけで、ぎりぎりのところになってしまう。
 景気循環において失業者が出てきたら、失業者は誰が食わせるのか。失業者が全員飢え死にしてしまったら、資本主義は成立しなくなります。資本主義社会が継続するためには、国家があり、社会福祉を行うことだ。こうした考え方を取る人が結構多い。宇野派でも多いのですが、鎌倉さんはそれを批判します。

 〈失業者の生存をいかに維持しうるかという馬場氏の問題も、景気循環を通してとらえるほかない。労働力の再生産は、労働力商品の価値法則によって規制され、労働力商品の価値法則は、景気循環過程を通して規制されるのである。恐慌・不況期の失業や半失業における労働者の生存の維持については、一般的には好況期における貸金が生活費を上回って上昇し、ある程度貯蓄を形成すること、それが失業、半失業時の生活を支えるものとなるととらえることができる。労働者は「そう貯蓄しうる身分ではない」というのは、賃金を余りにも固定的に、つねに生活費ぎりぎりのものとしてとらえ、景気上昇期の賃金上昇をとらえない点で一面的である。労働者の個人的生活が、家族という共同生活によって支えられることを考慮すれば、ある家族成員の失業時の生活は、他の家族成員の所得によって支えられるとして理論的に何ら支障はない。〉(前掲書、二一一頁)

 正確な指摘です。マルクス経済学ですと、往々にして賃金は最低水準で人々は窮乏化していく、という議論になりやすい。そうではありません。景気循環の中の需要と供給で、生活費以上に賃金が上がることもあります。だから我々は、ある程度貯金ができる。しかし失業時、半失業時においては、貯金を使わざるを得ません。もう一つ重要な要素は、家族の再生産をしていく必要があります。家族というのは、経済合理性とは別のところにあります。だから家族はお互い助け合うわけです。
 安倍政権が進めている家族的価値の重視とはどういうことか。失業・半失業などに陥った場合、あるいは年金を減らされた場合、その負担を家族に押し込んでいくという経済合理性から政策を出しています。伝統に回帰すると言いながら、実は本質においては、新自由主義政策です。新自由主義政策が伝統への回帰という衣をまとって出ているだけだと、私は見ています。

目次
まえがき
第一講 〈情報〉とは何か
インテリジェンスは常に物語として出てくる/インテリジェンスは、基本的にアートである/知っていることと知らないことを分ける意味/物語が欲しいから陰謀論に飛びつく/スノーデン事件は香港CIAステーションのミスだった/重要なのは基礎知識/アサド政権には綺麗に消えて貰わなければならない/「一人殺すと二〇〇〇人殺される」という“ルール”/シリア問題とつながるチェチェン問題/暗殺ほど人道的な政治変革はない?/ウーサマ・ビン・ラーディンの論理/ロシアNo.2はチェチェン人だった/ブルブリスの訓話/「いい情報だね」で終わってしまった特ダネ/チェチェン連邦維持派は、ロシアと殺し合いをした連中だ/インテリジェンスブリーフ/インテリジェンスは運も実力の内
第二講 スパイとは何か
話を書き取ることで覚える/インテリジェンス概念は変遷しつつある/国家機能が各国で強まっている/国によってだいぶ異なるウィキペディア/ウィキのレベルが高い国は、義務教育の教科書レベルが高い/NHKと民放は全く別の世界である/『007』の世界は、極一部/リエゾンは絶対に嘘をつかないという「鉄則」/インテリジェンスの目的は戦争に勝つことではなく、負けないこと/『小説日米戦争』/小説はOSINTだけで作り上げられた/ポジティブカウンターインテリジエンス/日本語バリアという補助線で、生き残れる職業が見える/戦後編があった『のらくろ』/謀略とは、実力以上の力を持っていると誤認させること/メタの立場を見出せずに煮詰まると戦争になる/サイバーテロに一番強いのは北側鮮/外層的な国家論は、実際の資本主義とは合致しない/搾取とは、中立的なものである。我々はプチブルジョアの論理を持っている/伝統への回帰を称した新自由主義政策/資本主義には無理がある。だからイデオロギーが必要になる/人倫と社会保障政策の違い/中国の国家安全部と協力体制を構築しようとした過去
第三講 勉強とは何か
教養が身に付いている人は、勉強法が身に付いている/キンドルは二冊目を入れればいい/カトリックとプロテスタソトが一緒につくった聖書がある/国際基準の中等教育修了は各教科のⅡまで/試験対策はそれほど難しくない/外国語は語彙と文法。ただし一定の時間がかかる/放送大学の使い方/「人間は限界がわからないものに対して恐れを覚える」/受験サプリは使える/大人の勉強法に受験世界のものは意外と使える/論理力をもって勉強させる勉強本/いかにして机に向かわせるかという説教本/ロシア語の達人の先輩からのアドバイス/カネを払うということは重要である/フィリピンは語学学佼のレベルが高い/ロシアの歴史教育のレベル/基礎教育、中等教育レベルが国家の基礎体力を決める/イギリス進学校の歴史教科書/日本の受験型とは異なるアプローチの人材育成
第四講 教養とは何か
カレル・チャペック山椒魚戦争』/普遍的なものへの関心がない山椒魚/自分がどのような場にいるかという知識、それが前提だ/新聞読みのうまい人から技法を盗む/教養にいたる、穴埋め作業/数学に関する自分の欠損をしっかりと見てほしい/よろしくない自己啓発本や勉強本/プライドを一回括弧の中に入れる、秘密のノート/二つ、アンカーとしての古典をつくる/身に付けないといけないのは、歴史の知識/『世界大百科事典』は日本の現在を知るベースだ/ウィキペディアは百科事典の代わりにならない/最低限の英単語は六〇〇〇語ほど/実用文法はオックスフォード大学出版局が買い/予備校の英語は馬鹿にするべきではない/ニュースになっていることがニュースな事件/ファシズムは非国民の思想を持ってくる/山本七平に見る独学の危険性/神学とあまり関係のないキリスト教論/山本七平は優れた編集者だった/教養に欠けた講論は一代限りにしかならない
あとがき
主要参考文献一覧

本書で紹介されている資料等
第一講 <情報>とは何か 第二講 スパイとは何か 第三講 勉強とは何か 第四講 教養とは何か あとがき 主要参考文献一覧
【第一講】 【第二講】 【第三講】 【第四講】