コロンブスはジェノサイダー

コロンブスが誰でも知っている歴史上の人物であることに異論はないであろう。一般的にそのイメージは特に悪くはない。高校世界史教科書(山川出版社)における登場箇所を以下に引いてみる。

ポルトガルにおくれたスペインでは, 1492年に女王イサベルが,ジェノヴァ生まれの船乗りコロンブスの船団を「インド」に向けて派遣した。コロンブスは,大地は球形で,大西洋を西に向かってすすむほうが「インド」への近道であるとする,フィレンツェ天文学者トスカネリの説を信じ,大西洋を横断してバハマ諸島のサンサルバドル島に到着した。彼はその後,今日のアメリカ大陸にも上陸したが,これらの土地を「インド」の一部だと思いこんでいたため, 先住民をインディオ(インディアン)とよんだ。

なんのひっかりもない、乾いたフラットな記述の仕方だ。これに対し、ハーヴァード大学歴史学教授サミュエル・エリオット・モリソンの書いた伝記『航海者クリストファー・コロンブス』では、もう少しつっこんだ描写になっており、コロンブスの指図によるインディアンの奴隷化と殺害について触れ、次のように記述している。

この残酷な政策は、コロンブスによって始められ、彼の後継者によって追求されたが、その結果は完全な計画的絶滅(ジェノサイド)だった

ところが、 ハワード・ジン著『民衆のアメリカ史』を読むと、モリソンの伝記のこの書き方は、コロンブスに対し好意的に過ぎるという。それでは、同書では、コロンブスについてどのように描写されているか。それを以下に引く。

コロンブスと部下たちは、巨大な金鉱があると想像したハイチのシカオ地方で、一四歳以上のすべての人に、三ヵ月ごとに一定量の金をもってくるよう命じた。金をもってくると、首のまわりに下げる銅の鑑札が与えられた。銅の鑑札をつけていないインディアンは見つかりしだい手を切断され、出血のため死んだ。
 インディアンたちは不可能な仕事を言いつけられたのだった。その周辺にあった唯一の金は、川の流れから採取される少量の金粉だったからだ。そこで彼らは逃げたが、犬に追いつめられて殺された。
 アラワク族は、抵抗軍を集めようと努め、甲冑とマスケット銃と刀剣と馬をもったスペイン人に立ち向かった。スペイン人は捕虜をつかまえると、絞首刑か火あぶりの刑に処した。アラワク族のなかで、キャッサバの毒を用いる集団自殺が始まった。幼児はスペイン人の手にかからぬよう殺された。二年間に、殺人や手足の切断や自殺で、二五万人いたハイチのインディアン住民の半分が死んだ。

読んだだけで、背筋がゾーッとするほどの残虐ぶりに心が傷むだろう。アメリカ史は、決してキレイで輝かしい事跡ばかりの歴史ではない。ちょっとつつけば、おぞましい「事件」が沢山埋もれている。そうした「事件」は隠されがちである。

白人が自分の都合のいいように書いた歴史を知ることも大事なことではあるが、そればかりでは偏った知識を持つ人間になってしまう。歴史を公平な視点から見るためには、白人の悪事についてもきちんと知っておかなければならない。そのためには、ハワード・ジン教授の『民衆のアメリカ史』は絶好の書であると思う。ただし、上下巻で16,800円と高価な本なので、『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史』で済ませる手も無くはない。

集英社文庫でサミュエル・エリオット・モリソンの『アメリカの歴史』が1997年に刊行されたが、モリソンではなく、ハワード・ジンの『民衆のアメリカ史』を文庫化すべきであったと切に感じる。