調べる技術・書く技術 - 野村進

体験という取材

 誰でも最初のうちは、自分の持っているテーマと現場での取材とのあいだに落差を感じ、躊躇したり、不安に駆られたりするものだ。
 ここに、取材を進めながら、あなたのテーマの価値を見極めていく方法が、ひとつある。
 もし被差別部落と食肉産業との関係について取材したいなら、従業員やアルバイトとして同和地区の食肉工場で働いてみてはどうか。これは、ノンフィクションライターの角岡伸彦が『被差別部落の青春』で実際に試みた方法である。
 古くは、鎌田慧が『自動車絶望工場』の取材で、トヨタ季節工に応募して採用され、ベルトコンベアー労働の非人間性を報告したことがある。
 ほかにも、原子力発電所放射能汚染に脅かされる労働者の一人となり、原発の実態を告発した堀江邦夫の『原発ジプシー』や、政治家・官僚・財界人らが会合に使う高級料亭の下足番をとして、意外な人物たちの秘密の関係を暴露した小高正志の『夜に蠢く政治家たち』、海外ではドイツで"3K労働"を担うトルコ人の労働現場に、ドイツ人ジャーナリストのギュンター・ヴァルラフがトルコ人に変装して潜り込んだ『最底辺』といった具合に、同様の試行は少なくない。

(33-34頁)

自家製デスク

 仕事場の話に触れたので、キャビネットで作る自家製デスクのことをぜひ書いておきたい。
 一九八〇年代中頃までは、私も市販のデスクを使っていたのだが、立花の前掲書(引用者注:『「知」のソフトウェア』)を参考にキャビネット・デスクを自作して以来、すっかり気に入ってる。
 作り方は簡単である。B4サイズの二段型キャビネットを二基購入し、左右に配置して、その上に厚手の板を橋渡しするように載せるだけだ(写真)。
 私の使っている二段キャビネットの大きさは、縦七〇センチ×横四五・五センチ×奥行き七一・五センチ。板のサイズは、縦七〇センチ×横一八〇センチ×厚さ三センチである。板はベニヤ板でかまわないが、厚さは三センチくらいは欲しい。
 ホームセンターに、いろいろな種類の板が売られている。私は、近所の日曜大工の店に注文して、ニスを塗ってもらった。市販品を買うよりもずっと安価で、自分好みのデスクが完成する。このキャビネットには、袋ファイルも大量に収納できる。
 キャビネット・デスクは、いくつかの仕事を平行して行うとき、非常に使い勝手がいい。たとえば、左側のキャビネットは上下段とも、現在執筆中の原稿用の資料にあて、右側の上段には次の仕事用の資料、下段にはさらにその次の仕事用の資料といった具合に分けておく。袋ファイル同様、このキャビネットも容量の大きさが魅力である。

(46-47頁)


調べる技術・書く技術 (講談社現代新書 1940)

調べる技術・書く技術 (講談社現代新書 1940)


第一章 テーマを決める

テーマは書き尽くされているか/チャップリンのステッキ/見慣れたテーマが"化学反応"を起こす/私とアジア/偶然か意志か/技術はあとからついてくる/テーマ決定のチェックポイント/とにかく動いてみる/体験という取材

第二章 資料を集める

情報不足を避ける/情報収集の方法/袋ファイルのすすめ/自家製デスク/バックナンバーの探し方/本の"目利き"になる/単行本の読み方/図書館の利用法/活字以外の記録

第三章 人に会う

取材対象の選び方/取材依頼の作法/取材を断られたとき/質問項目/遠慮は禁物/取材道具/取材当日/電話取材、メール取材

第四章 話を聞く

取材のイメージ/取材の実際/(1)話の聞き方/(2)ノートのとり方/(3)人物・情景の見方/辺見庸に学ぶ/第三の眼をもつ/(4)インタビューのあとで/ウラ取り、取材運/取材相手から信用されるには

第五章 原稿を書く

原稿を書く前に/構成を決めてから書くか/ペン・シャープナー/チャート/書き出しに全神経を注ぐ/書き出しの名文/書き出してから/仲介者になる/優れたノンフィクションのパターン/推敲する

第六章 人物を書く

基本は人物ノンフィクション/取材中の問題意識/構想の変化/心理描写のルール/シークエンシャル・インタビューの限界

第七章 事件を書く

未知の場所で取材開始/水先案内人を探す/「ハルナ」に辿り着くまで/水先案内人・知恵袋・キーパーソン/真空地帯

第八章 体験を書く

体験エッセイを例にして/下調べをやめた理由/自分でテーマを見つけるために/豊かになる


あとがき
本文で紹介したノンフィクション作品および主な参考文献