誰も語らなかった防衛産業 - 桜林美佐
『WiLL (ウィル) 2011年 02月号 [雑誌]』で渡部昇一氏と対談していた桜林美佐氏の著書。対談の冒頭で、刊行のタイミングが良かった、と渡部氏が述べていた。
<<はじめに>>
テレビで誰かが言っていた。
「町工場は日本の宝です! 守らなくてはいけません」
しかし、すぐにこう続いた。
「防衛予算は多すぎる。90式戦車? あんなものはいらない!」
私は防衛問題を学ばせていただいている「はしくれ」であり、偉そうなことを言える立場ではないが、ここ数年の取材を通して、見たり聞いたりした限りの感覚で言うと、この言葉には誤解があるような気がしてならなかった。
戦車一両製造するのに約一三〇〇社に及ぶ企業が関係している。そして、その多くが、いわゆる「町工場」だ。
戦車だけではない、戦闘機が約一二〇〇社、護衛艦は約二五〇〇社が関連していると言われている。仮に、防衛予算をもっと削って装備品の生産が縮小された場合、これらの何千社にものぼる中小企業にとっては計り知れない打撃となるのだ。
もちろん、各企業は防衛装備品だけを請け負っているわけではなく、「民需」つまり一般向けの製品も製造している場合が大半であるから、防衛装備品の数が減っても、そう簡単に会社は潰れることはないと思われるかもしれない。
しかし、リーマンショック以来の景気低迷により民需部門は陰りをみせており、防衛部門を補う余力はもはやない。今、膨大な数の防衛関連企業に訪れている危機に防波堤はなく、そのまま数千社の社員、その家族、出入り業者に至るまで、まるで津波のように襲うのである。
それに、これらの防衛関連企業には、防衛需要(防需)への依存度が五〇%以上、中には八〇%という企業もある。なぜリスクヘッジしないのかと思われるかもしれないが、防衛装備は特殊なものであり、専門の技能や設備を要し、また防衛政策に関わる保全という意味においても民生品と一緒には製造できないことも多く、何より「儲け」ではなく、「使命感」でもっている企業がほとんどなのだ。
では、それらの企業に対し、金銭的な援助をすれば問題は解決するのかと言えば、必ずしもそうではない。装備品を作るためのノウハウを持った「人」があって初めて生産ラインは維持できるのである。そして、ラインは量産を前提とするものであり、年に一つ二つ製造する程度ではノウハウを持った「人」の維持や育成も困難だ。
町工場はノウハウを持った「人」が存在し、注文があって常に機械が動いてこそ、血液が循環し呼吸をして、日本の心臓部となり得るのである。延命措置をしようにも注文という酸素を送り込まなければ、その行く末にあるのは「死」だけだろう。
方策を打たなければ手遅れになる。しかも今すぐに。なぜなら今、この瞬間にも防衛部門から撤退、または倒産、廃業する企業が相次いでおり、職人たちは日に日に高齢化し、技術の継承はいとも簡単に途絶えてしまうからだ。
現代風の常識で考えれば、特殊で優秀な技術を持っているのなら、お金になるビジネスに転化する方法もあるのではないかという発想にもなろう。それが生き残る道だと。
そこで、今、立ち止まって考えてみたい。いわゆる「防衛産業」とは何か、ということを。
防衛産業は「国の宝」と言えないだろうか?
これがなくなれば、国産装備品の製造ができず、万一有事になった時、輸入に依存していれば供給が途絶える可能性があり、その時点で国家の生命は終わる。
多くの防衛産業の人たちは「儲かるか」「儲からないか」という次元ではなく、「国を守れるか守れないのか」という視点で、日々研究開発に努めているというのが取材を通して得た私の印象だ。
彼らは防衛部門をビジネスのツールとしているのではない。なぜなら、すでにこの分野では商売としての「うまみ」はほとんどないのだ。しかし、世の中はそうした目で彼らを見ていない。
私はこれまで、元軍艦であり元南極観測船の「宗谷」や戦後から今に至る機雷の掃海部隊に関する本を書き、読んでいただいた多くの読者が、これらの活躍ぶりに共鳴して下さった。「防衛産業」については、その方たちは今、どのような印象をお持ちだろうか。
「濡れ手で粟のボロ儲け」「天下り先」「官とのもたれあい」などなど、正直言ってどこかスキャンダラスで、後ろ暗いイメージが先行しているのではないだろうか。
確かに私利私欲に走る一部の心ない関係者によって、こうした言葉を想起させるような出来事が起きることがある。また、もっとムダを省けるところや、調達と運用側との温度差が生じているものがあるかもしれない。問題があれば、厳しく追及する必要があり、その解決に向けて提言する客観的な機能も求められる。
しかし、一方で、私たち国民は多額の税金を投じている国防や、それを支える産業について十分理解しているといえるだろうか。
どんな人が携わり、どれくらいの時間をかけ、どんな思いで取り組んでいるのか、知っているだろうか。ニュースや新聞報道という「断片」でしか、防衛産業に対する評価をしていないのではないか。
国防の現場を理解することは、国民の務めと言っても過言ではない。私たちは、防衛産業に多額の税金を投じて、将来、この国を守れるかどうかに関わる国産防衛装備品、使われないことを祈りながらも、持つことで抑止力となる「国民の財産」を作っているのだ、ということを改めて認識する時期にきているのではないか。
私なりの視点で、これまであまり語られることのなかった「防衛産業」の実態を覗いてみたいと思う。
はじめに
- 作者: 桜林美佐
- 出版社/メーカー: 並木書房
- 発売日: 2010/08/02
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第1章 国防を支える企業が減っている第2章 国家と運命をともに第3章 戦車乗りは何でも自分でやる第4章 戦車製造の最前線第5章 武器輸出三原則の見直し
節約しても「物作り」の矜持は失わない──常磐製作所
新戦車三両カットの先にあるもの──洞菱工機
職人集めはバンド作りと同じ──エステック社
腕のいい職人は一度切ったら集められない
職人としての矜持
昭和の香りそのままの木造事務所──石井製作所
製品検査は担当者しだい
必要なのは「鉄と戦う」気概
「どうしても投げ出せない」第6章 日本を守る「盾」作り
欧米との共同開発ができない
「武器輸出三原則」が生まれた背景
三木内閣でさらに後退
堀田ハガネ事件
平和維持と武器輸出第7章 富士学校と武器学校
ゴム製造は国策の重大テーマ──明治ゴム化成
社の宝物はゴムの「レシピ」
「儲けなくていい。だが開発できない会社はだめだ」
日銀のマットが語るもの
「日本の一大事、なんとかしましょう」──三菱長崎機工
宿命ともいうべき職務に踏みとどまる
人を、国を守る「盾」作り第8章 刀鍛冶のいる工場第9章 女性が支える「匠の技」第10章 日本の技術者をどう守るか第11章 国内唯一の小口径弾薬メーカーまとめ 防衛装備品調達の諸問題
火砲そして砲兵の現場へ──富士学校
「助け合わなければ強くなれない」
戦いに勝つのは火力があればこそ
火砲の戦力が再評価されている
国防費は国民財産として残るもの
データ解析で約三〇億円の削減に
予科練の地に立つ武器学校──武器学校
戦友のため槍先を研ぎ、整えるコラム 自衛隊の装備品開発の流れ
装備品国産化の方針/国内防衛生産・技術基盤の特徴/スピンオフとスピンオン/国内防衛生産のいま/調達の形態/調達の仕組み・問題点/装備品調達のプロが育たない/日本の国情に合わせた装備/国際活動への対応/厳しい審査/インセンティブの採用/米国の調達改革/わが国の調達と今後の方向性/ライフサイクルコスト(LCC)/コスト抑制のために/短期集中調達/初期投資を「初度費」として計上/海外防衛産業の業界再編/日本の防衛産業再編/輸入は安い?高い?/オフセット取引/各国のオフセット取引体制/国際共同開発/商社の存在/まとめコラム 世界の武器輸出戦略
コンビニの市場より小さい日本の防衛産業
外交ツールとしての武器輸出
これが「韓流」防衛産業政策だおわりに
- 著者サイト:http://www.misakura.net/