日本は世界4位の海洋大国 - 山田吉彦

 漁業従事者の減少の理由は、沿岸漁業従事者の一世帯あたりの平均年収が二七四・二万円(二〇〇七年)と低いことにある。また、労働環境も厳しく、若年層が敬遠していることも理由だ。
 ただし、「海面養殖漁業」を行っている漁家では、平均年収が五三八・四万円。ここに、今後の漁業の可能性を見出すことができるのではないだろうか。
 海面養殖漁業とは、沿岸域において海水を使い、魚介類の養殖を行う漁業のことである。その種類は多様で、タイやブリなどの魚、カキやホタテ貝などの貝類、最近では、ウニや車エビ、マグロといった高級食材までもが養殖されている。
 海面養殖漁業は、およそ二つの形態に分かれ、漁協単位で行うものと会社形態をとっているものがある。また、赤潮や病気の影響を減らすために養殖場を分散するなどリスク管理を行うことで、収入の安定を図っているのだ。


 九時五時で年収一〇〇〇万円の漁師
 北海道北東部の漁協では、海面養殖に成功しているところも多い。紋別サロマ湖周辺ではホタテ貝の計画生産に成功し、漁協組合員の一世帯あたりの年収が、一〇〇〇万円を超えるという。漁協の作った計画に従って作業を行い、値崩れを防ぐとともにブランド化を進めてきた成果であろう。
 紋別の漁師に話を聞いたところ、
「普通のサラリーマンみたいに九時に出漁して、夕方の五時には、水揚げから選別までの作業が終わり、家に帰っています」
 との言葉が返ってきた。
 また、日本でもっとも東に位置する根室市の歯舞漁協では、ウニの「栽培漁業」に成功し、やはり組合員家庭の年収は一〇〇〇万円に近いようだ。
 栽培漁業とは、稚魚や稚貝を培養し、海に放し、成長した段階で捕獲する漁業のことである。歯舞漁協では根室市と協力し、種苗センターでウニの種苗を生産、沿岸に散布している。そして、ウニの発育や水温を見ながら、水深などのウニの生存環境を変えるなどの工夫をしているのだ。
 ところが二〇〇九年、この歯舞漁協のウニの栽培漁業に「強敵」が現れた。何と、歯舞漁協のウニ四〇〇〇万円相当が奪われてしまったのである。犯人は、ラッコだ。
 根室納沙布岬周辺には、ときおり野生のラッコが姿を見せる。このラッコの好物が贅沢なことにウニで、しかも一日一〇キログラムも食べるときがある。そのラッコが食べたウニの総額が、四〇〇〇万円にも上ったのだ。地元の漁協の理事は、「大事な商品のウニを食べられることはつらいけど、これが根室のウニの地域ブランド化につながれば良い。宣伝費と思ってあきらめます」と語っていた。
 また、漁業者の統括団体である社団法人大日本水産会は、全国漁業就業者確保育成センターを開設し、漁師になりたいという希望をもつ若者のリクルートに取り組んでいる。同センターのホームページでは、日本全国の漁船の就業者募集情報や漁船体験談、漁師になるためのノウハウなどが掲載されている。このように、積極的に漁業後継者の確保に向けた攻勢をかけているのだ。
 二〇〇八年九月のリーマンショックに端を発した世界経済危機によって、日本は求職難の時代を迎えている。仮に、漁業に従事し三〇〇万円程度の収入であっても、明日の仕事がどうなるか分からない派遣労働者より恵まれているといえる。しかも、漁村での生活は都会に比べ安価に暮らすことができ、魚は食べ放題という特典付きだ。
 また、現代の養殖技術の進歩は著しい。マグロの養殖が本格化しており、いずれはブリやタイのように養殖ものが主流になると見られている。そして、近年、最大の課題となっているのは、ウナギの「完全養殖」である。

(112-114頁)
日本は世界4位の海洋大国 (講談社+α新書)

日本は世界4位の海洋大国 (講談社+α新書)

はじめに――日本がもつ世界四位の海水量
第一章 偉大な力をもつ「日本の海」
排他的経済水域が握る三つの権益
海を「三次元的」に考えると
海を越えて伝えられた文化
外国の支配を許さなかった海
海は「誰」のものなのか
海の利用権を巡る各国のエゴ
超党派で作られた法律の誕生
「大陸棚」を定義すると
未整備状態の「海の管理」
「海水の量」で決まる海の力
海は眠れる宝の山
資源の鍵を握る大陸棚
世界経済をも揺るがす海洋資源
海洋ニューディール政策の実現を
第二章 「日本の海」に眠るエネルギーと鉱物賢源
第三章 水産資源と先進技術が生む高度成長
第四章 「日本の海」の大チャンス
あとがき―海を守り続ければ未来は必ず明るい

山田吉彦
1962年、千葉県に生まれる。東海大学海洋学部教授、経済学博士。海洋政策研究財団客員研究員。学習院大学経済学部を卒業したあと、多摩大学大学院修士課程を経て、埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。海洋政策、海洋安全保障、現代海賊問題、国境問題および離島問題の研究を行う。
著書には『日本の国境』『海賊の掟』(以上、新潮新書)、『天気で読む日本地図――各地に伝わる風・雲・雨の言い伝え』『海のテロリズム――工作船・海賊・密航船レポート』(以上、PHP新書)、『海の政治経済学』(成山堂書店)などがある。