方法序説の誤訳

法政大学の非常勤講師、鈴木暁氏の論文「中級フランス語の効果的学習教授法 : 理想的なノートの作り方」によれば、巷に流通しているデカルト方法序説』の訳者はフランス語が読めていないそうだ。実例として挙がっているは、冒頭の次の3箇所。

  1. la puissance de bien juger, et distinguer le vrai d'avec le faux,
  2. ce n'est pas assez d'avoir l'esprit bon, mais le principal est de l'appliquer bien.
  3. les plus grandes âmes sont capables des plus grands vices,


続いて、問題の誤訳文。

  1. 正しく判断し、真と偽を区別する能力
  2. 良い精神を持っているだけでは十分でなく、大切なのはそれを良く用いること
  3. 大きい魂ほど(…)最大の悪徳をも産み出す力がある


つぎに、鈴木氏の試訳(a.は論文に試訳が掲載されていないため、拙訳)。

  1. 正しく判断する能力とは、すなわち、真と偽を区別することである
  2. 精神をよくしておけばそれでよい、というだけではなく、精神を十分に、うまく活用することが肝心なのである
  3. どんなに偉い人でも間違いを犯してしまうこともある


論文で示されている翻訳のポイントを a., b., c.毎に列挙する。

    1. "," があり文が途切れている
    2. 動詞 distinguer は前置詞 de に支配されていない
    3. よって、動詞 distinguer を名詞 puissance にかけることは文法上不可能である
    4. 「, et」の用法は「すなわち」を意味する
    1. l'esprit bon は直接他動詞 avoir の直接目的補語ではない
    2. 形容詞 bon は直接他動詞 avoir の直接目的補語 esprit の属詞である
    1. 十七世紀のフランス語では âme は具体的に「人間」をも表す
    2. フランス語の最上級には譲歩の意味も含まれる


続いて、ネットで公開されている山形浩生氏の訳文(底本は英訳版とのこと)。

  1. 正しいものを判断し、真実とまちがいとを識別する能力
  2. 活発な精神を持つだけでは不十分であって、いちばんだいじな要件というのは、その精神を正しく適用することなのだ
  3. 最高の精神は(…)ものすごくはずれていってしまうことだって、じゅうぶんに可能だ

ご覧の通り、全滅だ。