方法序説の誤訳
法政大学の非常勤講師、鈴木暁氏の論文「中級フランス語の効果的学習教授法 : 理想的なノートの作り方」によれば、巷に流通しているデカルト『方法序説』の訳者はフランス語が読めていないそうだ。実例として挙がっているは、冒頭の次の3箇所。
- la puissance de bien juger, et distinguer le vrai d'avec le faux,
- ce n'est pas assez d'avoir l'esprit bon, mais le principal est de l'appliquer bien.
- les plus grandes âmes sont capables des plus grands vices,
続いて、問題の誤訳文。
- 正しく判断し、真と偽を区別する能力
- 良い精神を持っているだけでは十分でなく、大切なのはそれを良く用いること
- 大きい魂ほど(…)最大の悪徳をも産み出す力がある
つぎに、鈴木氏の試訳(a.は論文に試訳が掲載されていないため、拙訳)。
- 正しく判断する能力とは、すなわち、真と偽を区別することである
- 精神をよくしておけばそれでよい、というだけではなく、精神を十分に、うまく活用することが肝心なのである
- どんなに偉い人でも間違いを犯してしまうこともある
論文で示されている翻訳のポイントを a., b., c.毎に列挙する。
- "," があり文が途切れている
- 動詞 distinguer は前置詞 de に支配されていない
- よって、動詞 distinguer を名詞 puissance にかけることは文法上不可能である
- 「, et」の用法は「すなわち」を意味する
- l'esprit bon は直接他動詞 avoir の直接目的補語ではない
- 形容詞 bon は直接他動詞 avoir の直接目的補語 esprit の属詞である
- 十七世紀のフランス語では âme は具体的に「人間」をも表す
- フランス語の最上級には譲歩の意味も含まれる
続いて、ネットで公開されている山形浩生氏の訳文(底本は英訳版とのこと)。
- 正しいものを判断し、真実とまちがいとを識別する能力
- 活発な精神を持つだけでは不十分であって、いちばんだいじな要件というのは、その精神を正しく適用することなのだ
- 最高の精神は(…)ものすごくはずれていってしまうことだって、じゅうぶんに可能だ
ご覧の通り、全滅だ。