CAの私がVIPのお客様に教わった話し方のエッセンス - 高橋くるみ

期待どおりの行動をしてもらえる
効果的な叱り方

 CAは、叱られることが仕事のひとつと言えるかもしれません。
 ありがたいことに、航空会社のサービスに対してまだ期待してくださるお客様も多く、それを裏切ってしまったときのお叱りは相当なものです。
 毎回のフライトで叱りを受け続けてきた結果、どのように叱られると人間が反省し、行動を改めようと思うのか、おぼろげながらわかるようになりました。叱り方にも色々あり、「うまい叱り方」というものが存在するのだと知ったのです。
 実のある「叱り」は、「怒り」とは異なり、相手に期待どおりの行動をしてもらえる効果があります。

「ちょっと、あなた今日こちらの担当よね?」
「はい、さようでございます。何かございましたでしょうか?」
 おしゃれと気品に満ちあふれ、世界のファッションを日本に届けた先駆者として著名な女性VIPのお客様に、機内で声をかけていただきました。
「今日のシャンパン、とってもぬるく感じるけれど、どうなっているのかしら?」(①)
 かなりご立腹の様子です。いつもの柔和なお顔はまったく見受けられません。
「申し訳ございません。すぐにお取り換えいたします」
 シャンパンといえば、やはり冷えたものがおいしいですから、これはシャンパンを準備したCAの確認ミスです。お詫びして、冷えたシャンパンを再度お持ちしました。
「大変お待たせいたしました。冷たいものをご用意いたしました。大変失礼いたしました」
 そう声をおかけした際、VIPらしい素敵なお答えが返ってきて驚きました。
「私、お酒には詳しくないからこんなものかな? と思ったのだけれど(②)。
 プロじゃないのに、プロであるあなた方に指摘するのは気が引けたけれど(③)、楽しみにしていたからね、よろしく頼みますね」
 今度はいつもの素敵な笑顔が輝いています。
 怒られた後に、やさしくされる。まさにVIP式の叱り方の極意がここにあります。
 機内ではお客様に怒鳴られることも多いのですが、ただ怒鳴られるよりも、このお客様のようなお叱りはずっと反省につながります。
 このVIPのお客様の叱り方は、次のような仕組みです。

 ①ガッツリ、しっかりと怒る。受け手にショックを与える
 ②すぐにクールダウンし、怒りの理由を端的に説明する
 ③相手のプライドをくすぐり、事の重大さに気づかせる
 ①だけで終わってしまったり、②が長々とつづくことも多いですよね。
 VIPのお客様は、①と②、心と頭のコンビネーションで叱ります。
 ②には怒りという言葉を使いましたが、まさに心がもたらすのが怒りですよね。これだけでは、相手は萎縮し、また反感をもたれるだけかもしれません。実際に私も、
「なにこの機内食、ファーストなのにまずい!!」
 とご指摘を受けたときは、謝罪しつつも、実は、
「あら〜ずいぶんご馳走ばかりの毎日でらっしゃるのでしょうね〜。うらやましいですこと」などと心で叫んでいました。
 怒ると、相手の「心」(感情)は刺激できますが、問題解決に必要な「頭」への働きかけはできません。
 叱る側の立場で考えると、今後、相手に期待どおりの動きをしてもらうことが目的ですから、怒るだけで終わらせるのは得策ではありません。怒りの根っこと理由をしっかりと端的に説明することが大切です。
 そして締めくくりは③。相手が期待どおりの動きに至るような動機づけも必要です。
 このVIPのお客様は、「プロだから……」とこちらのプライドをくすぐりながら、「プロでこの仕事はないでしょう? しっかりしてよね」と指導くださっていたのです。
 「叱る」と一言で言いますが、叱りとはまさに①〜③をトータルで完成させることなのだと、VIP式叱りを受けて感じたのでした。
CAの私がVIPのお客様に教わった話し方のエッセンス

CAの私がVIPのお客様に教わった話し方のエッセンス

目次
はじめに
chapter 1 VIPに学んだ、人脈を飛躍的に広げる会話術
VIP式 話し方
1 言葉尻への「ひと手間」が凡人とVIPを分ける
2 人の魅力は、リアクションの質で決まる
  ・相手の「表情」を見れば質のいいリアクションができる
3 話の中に「消えモノなお土産」を必ず入れる
  ・相手の損を埋めようとする姿勢が支持を集める
4 声のトーンを相手に合わせる
5 プロフィールは披露しない。「知りたい」と思わせる
  ・読むと聞くでは大違い
  ・「秘められたもの」に人は惹かれる

VIP式 初対面
コラム1 「お客様の中に、お医者様はいらっしゃいますでしょうか?」
1 相手を主役にできる人がファンを増やせる
  ・マイナーだからVIPになれる
2 初対面でグッと距離を近づけるには
  ・どうすれば会話がとぎれない?
3 自分のことは聞かれるまで話さない。これだけで魅力が高まる
  ・自分に興味のない相手を振り向かせる
コラム2 飛行機の床下にはCAのベッドがある!?

chapter 2 VIPに学んだ、交渉のエッセンス
VIP式 頼み方
1 命令の代わりに質問を投げかけ、スマートに相手を動かす
  ・相手は「動かされた」と感じない
2 相手の「逃け道」を用意してお願いする
  ・負担に配慮する言葉を忘れない
3 デメリットを示すことでメリットを際立たせる
  ・安い免税店ではなく機内で買っていただくには
4 新人CAが好かれる理由
  ・経営者のヒントはお客様のリクエス
コラム3 時差ボケを防ぐ必殺小道具

VIP式 質問術
1 短時間で本音を引き出す質問の仕方
  ・「なるほど、でも」でグイグイ食い込む
2 自問自答レベルを上げると、他人への質問力も上がる
  ・本音がこぼれる瞬間を逃がさない
3 「なぜ」は禁句! 会話が広がらないワードです
  ・お客様に指摘された私の失敗
コラム4 ホテルでゆったり! 旅時間を邪魔しないパッキング

chapter 3 VIPに学んだ、心を動かすエッセンス
VIP式 驚かせ方
1 トイレをピカピカにするお客様

VIP式 ほめ方
2 VIPはゆたねることで相手の能力を引き出す
  ・存在感を植えつける効果も
3 「勉強不足でわからない」と言うのは圧倒的にファーストクラスのお客様
  ・へりくだることで紳士ぶりが際立つ
4 「好かれる」よりも「畏れられる」存在になる
  ・ベテランCAの貴重な教え
  ・「畏れ」には明確な根拠がいる
コラム5 CA採用試験は「おばちゃんウケ」する人が受かりやすい!
1 ほめとは、相手をよく見てエネルギーを注ぐこと
  ・通販会社の社長がお怒りに……!
  ・絞った知恵を認めていただく
2 相手が日ごろ大切にしている心がけに注目する
  ・コートをお預かりした際の出来事

3 イタリア人に教わった、恥すかしがり髪でも便えるほめテクニック
  ・質問を重ねて称賛する
コラム6 旅行に持っていくと話がはずむアイテム ベスト3

chapter 4 VIPに学んだ、言いにくいことをさらりと伝えるエッセンス
VIP式 断り力
1 相手に希望を持たせない。しっかり断りお礼で締める
  ・「君の会社ってほんとケチ」と言われたら
  ・すばやく「サンキュー」で切り上げる
2 無理な依頼にはどう答える?
  ・断られることを想定していれば余裕が出る
3 YESの雰囲気でNOを言う
  ・お断りは笑顔とともに
4 断るときは相手の気持ちを想像しすぎない
5 「目に見えないメリット」を添えて断る
  ・相手の顔をつぶさず納得していただくのが肝心
コラム7 パイロットはほんとうにモテる?
VIP式 叱り方
1 期待どおりの行動をしてもらえる効果的な叱り方
2 「誰」が「どのように」困っているかをストーリーにして叱る
3 キャラとスキルのダブル叱りはしない
4 「間違っていたらごめんね」とあくまで指摘の姿勢をくずさない
  ・自分が正しいという前提を捨てる

コラム8 ブラジルのCA養成訓練はジャングルの中で!?

VIP式 お詫び
1 謝罪とお礼を時間差で届ける
  ・会社に届いた一通の手紙
2 体の向きで相手の許し度は決まる
3 理不尽なクレームは人前で解決すれば早い
コラム9 小さな子どもと一緒に乗るときのアドバイス

chapter 5 VIPに学んだ、言葉の習慣エッセンス
VIP式 あいさつ
1 印象に残る映画スターのお辞儀
  ・「正解のマナー」では存在感を残せない
2 「こんにちは」のアフターにこそエネルギーを注ぐ
3 「最近どう?」は相手との距離を測るのに便う
4 大きな声のあいさつは思わぬお釣りを連れてくる

コラム10 機内食はどうして温かい?
1 「やっぱりね」「それは初耳です」という声のあいづちを打つ
  ・エコノミークラスで出会った初老の男性
2 あいづちだけで会話を盛り上げる方法
  ・心を開いたところで本題を投下
3 「言葉が見つからなくて」は様々なシーンでパワーを発揮する
コラム11 空の上で代わりに読んだラブレター

機内での“言葉のひと手間”in English