Nの肖像 - 仲正昌樹

『集中講義!現代思想』(NHKブックス)など、歯切れのいい文章でその名を知っていた金沢大学教授・仲正昌樹の自分史である。四十歳半ばの彼が、なぜそんな一冊を上梓したのか。その理由がサブタイトルにある。「へー」と思い、つい手にとって読んでしまった。


広島県呉市出身のやや内向的な青年が、どうして統一教会勝共連合原理研)に入ってしまったのか。少年期の自分の分析から始まる。ごく普通の、若干、コンプレックス(気が弱く、人付き合いも下手)をもった青年が、自己克服のために勉強をし、東大に入る(理科1類)。入学式直後に、原理研にさそわれ、なんとなく入ってしまう。そのあたりの「ふらふら感」はとてもよく分かる。勉強しか取り柄のない人間が、東大に入ってみて、まわりの連中におびえてしまうのだ。宗教でもなんでもなく、いわば仲間探しが根幹にあることが、正直に書かれていた。


11年もいたのだから、統一教会でいろいろなことを体験している。研修所での修練。学習、伝道、さらに万物復帰(物売り)。万物復帰の論理はこんな風に説かれる。人間が執着するのがお金。だから物を売って、「サタン世界」(堕落した現実世界)から、お金を回収し、そのお金を献金することで、万物を象徴的に神の元に復帰させる・・・というのだ。さらに、21時間ぶっとおしで、「原理講論」の講義を、聴衆を想定し(つまり誰もいない)続ける。要するに壮大なひとりごと。これらすべてを仲間内で競らせる(「信仰の競争」)。韓国での合同結婚式にも参加した。再臨のメシアである教祖文鮮明にも、まみえる。


こう紹介すれば、かなり熱心な会員だと思うだろう。しかし、そこがおもしろいのだが、平凡な存在なのである。次第におちこぼれになり、不満も生まれる。万物復帰では人より劣る。つまり物が売れない。合同結婚式(「祝福」という)の相手も気に入らない。(こんな記述がある。「まず見かけが好みでなかった。そのせいで気分が乗らなかったということもある」)。率直な記述だが、どうも宗教的ではない。しかし、さすが東大生(特権だと私など思うのだが、著者はそれほど気づいていない)、「こんなところにいたくない」とごね、原理研から西ドイツに派遣される(新宗教でもこういう格差がでもあるのだと感心した)。


大学院の試験に落ちたり、世界日報に就職したりさまざまな経過をたどり、結局、いい指導者にめぐり合い、大学院に受かり、そして、次第に脱会というプロセスを辿る。入会動機から脱会にいたるまで、自己救済を求めるという部分がほとんど見えないのも、本書の特色である。だから統一教会への批判もそれほど大きくない。悔恨も反省も同時にそれほど大きくない。醒めているといえばいいのだろうが、あらゆる宗教、組織、イデオロギーもほぼ似たようなものだというような一般的解釈に終始している印象がある。


新興宗教新宗教に取り付かれてしまった人は(社会的エリートでない人、またそれを捨てようとした人)、生活ぐるみ、家族ぐるみの活動になる。だから、著者のよう比較的平穏に脱会できなくなるのではないか。さらに傷痕も大きい。脱会したオウム真理教信者の回想録をいくつか読んだことがあるが、大分ちがう。


もうひとつ、本書の隠れたテーマは、東京大学である。東大に入学できたことが原理へのきっかけであるし、活動中も、東大生であるがゆえの寛大な処遇、辞めるのも、それゆえにあまり問題なく脱会できる。しかも、大学に就職できる(もちろん、努力は大変なものだったろう)。著者が無意識に頻発する東大という単語。そんなことも考えさせられた。


現代における新しい世代の学問とか信仰について、おもしろい問題を提供している一冊であった。でも、ちょっぴり不思議な感覚も残る(こちらがもう古いのだろ)。なお、ブルーで印刷された本文にも違和感があった。

http://www.books-sanseido.co.jp/blog/takumi/2009/09/post-132.html

現代思想や哲学に関する多くの著書で知られる仲正昌樹(金沢大学教授)は、東大入学と同時に、統一教会に入信した。
信仰の深さを証明するために、入信後は布教や物売りにはげみ、合同結婚式にも参加。原理研究会では左翼と闘い、統一教会系の新聞である「世界日報」では第一線の記者として活躍した。


そして、入信から11年半後、仲正は自力で脱会する。


誰もが疑問に思うことがある。
広島の高校ではトップの成績をおさめ、現役で東大に入った著者が、なぜ学問を放棄して宗教に走ったのか。統一教会では、どんな暮らしをしていたのか。
そして、どうやって脱会したのか。


いま第一線で活躍する政治思想史学者の仲正が、これまで語らなかった数奇な半生をつづりつつ、みずからの宗教体験を深くかえりみる。


Nの肖像 ― 統一教会で過ごした日々の記憶

Nの肖像 ― 統一教会で過ごした日々の記憶

目次

序章 消せない記憶
第一章 広島県呉市
第二章 統一教会との出会い
第三章 原理研究会と左翼
第四章 信仰の日々
第五章 疑念のはじまり
第五章 脱会
第六章 宗教を考える
第七章 体験としての統一教会

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