解釈につよくなるための英文50 - 行方昭夫

1 犬に甘いニュートン
Just as the destruction by fire of his papers was complete, Newton opened the chamber door, and perceived that the labours of twenty years were reduced to a heap of ashes. There stood little Diamond, the author of all the mischief. Almost any other man would have sentenced the dog to immediate death. But Newton patted the dog on the head with his usual kindness, although grief was at his heart. "O Diamond, Diamond," exclaimed he, "thou little knowest the mischief thou hast done!"

papers「論文の原稿」、author「張本人」、thou, knowest, hast 古い形の英語で、今の英語ならそれぞれ you, know, have に相当する


先生:あの有名なニュートンの逸話なのだけど,聞いたことあったかな?

生徒:いいえ,知りませんでした.リンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したという話なら知っていましたけど,この犬の話は初めてです.

先生:特に難しいところもないね.

生徒:では訳します.
「書類火事による破滅が完全だったとき,ニュートンは部屋のドアを開き,20年間の労働が一山の灰に帰したのを見出した.そこに,すべてのいたずらの張本人であるダイヤモンドが立っていた.ほとんどどんな他の人だったなら,その人は犬にすぐさまの死刑の判決を与えたであろう.しかしニュートンは,悲しみが心にあったけれど,犬の頭を通例の親切で軽くたたいた.「ああダイヤモンド! 汝,汝のなせるいたずらをほとんど知らぬなり!」と叫んだ」

先生:大体いいけど,あまりにも直訳過ぎるよ.文法上の明らかな間違いとしては,冒頭の of his papers の係り方ぐらいかな.

生徒:ああ,そうでしたか!「書類火事」って変だと思っていました.of は fire でなくその前の destruction にかかるのですね.

先生:そうだね.中野好夫っていう名訳者でもあった先生がいてね.昔,学生が直訳すぎる訳をすると,「何じゃ,鳩が豆をついばむように一語一語拾うのだ? お前のおばあちゃんでも聞いて分かるように出来んかね」と叱ったものだった.今はこんな言葉遣いをする先生はいないけど,趣旨には私も賛成だな.別に翻訳するのでなく,英文和訳でも,英語に相当する自然な日本語にすべきだと思う.今のままでは,おばあちゃんでなくても,不自然だと思うのじゃないかな.

生徒:分かりました.他にも細かいところで,間違っているでしょうか?

先生:「完全だったとき」も変だな.考えてみて.

生徒:「完全になったとき」と直します.それから,自分の訳文を読み返して,「労働」も直したいです.抽象名詞の普通名詞化だと分かっていたのですが,訳語は抽象名詞のままでした.「苦労した成果」というのはどうでしょう?
先生:いいね.年配の訳者なら「努力の結晶が一塊の灰燼に帰した」とするところだな.
生徒:最後の「叫んだ」がおかしいと思うのですけど.だってニュートンは割と冷静ですからね.でも英和辞書には,他の訳語はありません.
先生:ここならショックのために叫んだとしても,そう変じゃないかもしれない.昔の上流階級の婦人が出てくる小説の翻訳で,「叫んだ」と訳してあるのを見かけるが,変だね.やや声を高めた場合に,say でなく,cry,exclaim などを使うようだ.ここも,大声で言った,くらいでいい.では,訳してみよう.
「ちょうど書類が全部火で燃えきってしまったとき,ニュートンが部屋の戸を開けて,20年間の苫心の成果が灰燼に帰したのを知った.そこにはいたずらの張本人であるダイヤモンドが立っていた.他の人だったら,だれだって,すぐ殺してやると言ったところだったが,ニュートンは,心の中では悲嘆にくれていたものの,いつも通りに優しく犬の頭をなでた.「ダイヤモンド! 汝は汝がいかなるいたずらをしたか何も分かっておらぬ!」と大きな声で言っただけだった」

生徒:さっきの訳とよく比べて勉強します.ところで犬の種類は何だったのですか?

先生ポメラニアンでね,火のついた燭台を倒したのだ.

生徒:この逸話を知っていると,原文の理解が深まります.受験なら得しますね.

先生:公平であるべき受験の問題は,純粋に英語力だけをテストするためには,内容についての知識で得するようなことがないように気配りする必要があるのだ.その点でも英文解釈のよい問題を探すのは大変なのだよ.

出典
 1章

  1. Nathaniel Hawthorne『Biographical Stories
  2. F. Scott Fitzgerald『The Great Gatsby
  3. Julian Huxley『The Intelligence of Birds』
  4. Aldous Huxley『Proper Studies』
  5. George Gissing『The Private Papers of Henry Ryecroft
  6. George OrwellEngland, Your England and Other Essays
  7. Samuel Butler『The Way of All Flesh
  8. E. V. Lucas『Fireside and Sunshine
  9. Lord Chesterfield『Lord Chesterfield’s Letters
  10. W. H. Hudson『Far Away And Long Ago
  11. Clarence Day『Life With Father
  12. Bertrand Russell『In Praise of Idleness
  13. Alfred G. Gardiner『Leaves in the Wind
    2章
  14. Aldous Huxley『Proper Studies』
  15. W. H. Davies『The Autobiography of a Super-tramp
  16. Somerset Maugham『Of Human Bondage
  17. Bertrand Russell『In Praise of Idleness
  18. Somerset Maugham『Cakes and Ale
  19. Thomas Wolfe『God's lonely man』
  20. Somerset Maugham『Of Human Bondage
  21. A. A. Milne『Not that it Matters
    3章
  22. Robert Benchley『The Best of Robert Benchley
  23. Aldous Huxley『Along the Road
  24. Aldous Huxley『Jesting Pilate
  25. Lafcadio Hearn『kokoro
  26. J. S. Mill「Speech on the Utility of Knowledge
  27. Somerset Maugham『The Moon and Sixpence
  28. Virginia Woolf『Flush
  29. J. K. Jerome『Idle Thoughts of an Idle Fellow
  30. Robert Lynd『Blue Lion and Other Essays
  31. Samuel Butler『Erewhon
  32. Lafcadio Hearn『Literature and Political Opinion』
  33. Robert Lynd『I Tremble To Think
  34. Alfred G. Gardiner『On the Rule of the Road』
  35. E. V. Lucas『Old Lamps for New
  36. Bertrand Russell『In Praise of Idleness
  37. Theodore Dreiser『The Country Doctor』
    4章
  38. E. V. Lucas『Clothes Old and New』
  39. J. B. Bury『A History of Freedom of Thought
  40. Somerset Maugham『In a Strange Land
  41. Anthony Trollope『An Autobiography
  42. Robert Lynd『An Anthology of Essays』
  43. Sir Henry Taylor『The Statesman
  44. Harold Nicolson『Small Talk
  45. A. B. Walkley『Pastiche and Prejudice
  46. Mark Twain『Autobiography
  47. Somerset Maugham『The Lotus-Eater
  48. Clarence Day『Life With Father
  49. Arnold Bennett『Mental Efficiency
  50. E. V. Lucas「A Self-made Statue」(『Adventures and Enthusiasms』)

解釈につよくなるための英文50 (岩波ジュニア新書)

解釈につよくなるための英文50 (岩波ジュニア新書)

はじめに
第1章 全体の流れをつかもう
1 犬に甘いニュートン
2 父と子
3 習うより慣れよ
4 最初に読者をひきつける!
5 頭がいいだけでは…
6 イギリス人の国民性は
7 学生時代は本当に幸福?
8 憂鬱な月曜日
9 自分の話題にひっぱりたい!
10 羊飼いの名犬
11 父はどのくらい正しいか
12 1日の労働時間は?
13 車? 馬車?
第2章 「省略」と「割り込み」を見抜け!
14 読書は悪徳?!
15 割り込みはどう扱う?
16 Theyってだれのこと?
17 反省したのはいつ?
18 切れ目はどこ? 隠れている語は何?
19 とても孤独な人
20 物語がとまらない
21 鳥がこわがる毛虫
第3章 英文の雰囲気を日本語に
22 サクラは苦手
23 メガネのたくらみ
24 格調をとるか,わかりやすさをとるか
25 日本人の自己抑制
26 自分らしい日本語にする
27 世の中にはこんな人もいる
28 Heは人間? 犬?
29 天気と政府の共通点は
30 父親は大変!
31 自分の訳文がわからない
32 著者の心を読む
33 とぼけた感じを出すには
34 論理的におかしい感じがするときは
35 銀行家とパン屋
36 子供には厳しく!
37 原文から離れられる?
第4章 知らない単語が出てきたらどうする?
38 自分の古着に出会ったら…
39 日本語になってもわからない?!
40 旅行の目的は?
41 「それ」があるとわからない
42 ときには大胆に
43 「褒めことば」と「お世辞」の違い
44 恥ずかしがりは素晴らしい
45 見慣れた単語の知らない意味
46 元気な英語を元気な日本語に
47 四角い穴の丸い釘
48 カウボーイより浮浪者?!
49 女性の年齢は秘密
50 不合理なのはだれ?
あとがき
付録 暗記用短文30
英文出典リスト