外務省犯罪黒書 - 佐藤優

週刊誌のスキャンダル隠蔽のために
 私はかつて外務官僚の特権を守ったり、マスコミに対して外務省のスキャンダルを隠蔽するような作業に手を貸したこともある。
 いまにして思えば反省すべきことであり、心から後悔もしている。反省の意味を込めて、本書では、知りうる限りの実態を明らかにしていくつもりだ。
 その手はじめとして、外務省の機密費に関するスキャンダル潰しについて記していきたい。
 平成九年(一九九七年)二月下旬のこと。ある週刊誌が「外務省高官の『二億円』着服疑惑」の特集記事を大きく報じた。
 疑惑の中身は、「外務省の若手課長の中でもエース格で、将来の事務次官候補とみられている総合外交政務局のS課長」が外務省の外交機密費を私的に着服した、というものだった。
 この疑惑が、その後、平成一三年(二〇〇一年)初頭に発覚する外務省要人外国訪問支援室・松尾克俊室長による外交機密費流用事件を引き起こし、外務省を大きく揺るがすことになるとは誰も考えていなかった。かくいう私もその一人だ。
 一般に、外務官僚による外交機密費流用事件は「松尾事件」が端緒と理解されているが、本当の入り口はこの「S課長」による流用事件である。この事件で外務省を蝕むウミをすべて出すことができれば松尾事件が起こることもなく、外務省も本来の姿に戻ることができたはずだ。
 しかし、私はここで一つの「過ち」を犯してしまった。この「過ち」によって、外務省は内側から腐りはじめ、いまや日本の外交を危うくするところまで落ちてしまった。私は贖罪の意味からも、この事件の真相を明らかにしようと考えている。
 もしかしたら遅きに失したかもしれない。しかし、すべてを明らかにすることで外務省の闇に光が当たれば、必ずや出口も見えてくるのではないだろうか。
 さて、「外務省高官の『二億円』着服疑惑」の記事についてだが、このなかで外務省高官の実名は伏せられ、イニシャルで表記されていた。概略は、「外務省総合外交政務局のS課長は、斉藤邦彦事務次官(現FEC国際親善協会理事長)の秘書官だった時期に、外務省の報償費(機密費)から二億円を着服し、料亭などの飲み食いに浪費していた」というもの。
 ここで明らかにしよう。S課長とは杉山晋輔中東アフリカ局参事官(現同局審議官)である。

(中略)

 平成九年(一九九七年)二月、疑惑が発覚する数日前のことだった。東郷氏は血相を変えて議員会館の私の部屋に入ってきた。
「たいへんです。困ったことになりました」
 アゴの下の脂肪の塊を震わせながら、ただならぬ様子の東郷氏に「何だ?」と聞いた。
「週刊誌のAが外務省のスキャンダルを書きます。この話が表に出ると、たいへんなことになります。仕事ができなくなります。とりあえずこちらのルートでAに当たりますが、上手くいかないときは、先生のお力を貸していただくことになります。よろしくお願いします」
 このとき東郷氏がいっていた週刊誌の記事とは、外務官僚が機密費を私的に流用していたというスキャンダルだった。その日は結局それで終わったが、翌日も東郷氏はやってきた。ただし、打って変わって上機嫌だった。

「先生、上手くいきました」
 話を聞いてみると、週刊誌側と「実名と顔写真を出さない」ことで手を打ち、イニシャルで済んだという。記事に書かれていることの事実関係を認めることと引き換えに、問題の外務官僚の実名公表を抑えることができたというのだった。
「取引が上手くいって、本人と関係者の名前は出ません。外務省としてはひと安心です」

(中略)

 杉山氏は、この外務省機密費から流用した二億円ものカネを、ドブに捨てるがごとく浪費していた。記事のなかでその生々しい実態が明らかにされている。
 たとえば、ホテルニューオータニで支払ったお子様ランチの請求書まで機密費に回していたというのはスケールの小さい話で、東京・向島の料亭や銀座のクラブでの豪遊を繰り返していたという。
 ある料亭では、裸になって肛門にろうそくを立て、火をつけて座敷中を這い回るという「ろうそく遊び」なる下劣な座敷遊びに興じていたというのだからあきれてものがいえない。
 私自身、「ろうそく遊び」を自分の目で見たことはないが、「幼児プレー」をする外務官僚の姿を目撃したことがあるので、「ろうそく遊び」があっても少しも不思議ではないと思った。
 さらに、タクシーに乗り放題だったことから、タクシー代よりは安上がりだといって専属公用車を支給されていた。さすがに「次官付とはいえ秘書官が専属公用車を使うとは何事か」と問題になったというが、まさに常識を超えたカネ遣いといえる。
 機密費の流用はこれだけではなかった。杉山氏は他の部署の幹部の飲み食いまで立て替え、部局を超えた「人脈作り」に励んでいたという。
 この週刊誌によると、杉山氏に飲み食い代をツケ回していたのは「駐独大使館のM参事官」「駐英大使館のH参事官」とあるが、それぞれの実名は、森元誠二駐ドイツ公使、原田親仁駐イギリス公使(現欧州局長)である。


外務省犯罪黒書

外務省犯罪黒書

はじめに
1 隠蔽される不祥事
本書の意義/飲酒運転で人を殺しても「停職1ヵ月」→後に大使に/外務省の犯罪を暴くのに有効な「質問主意書」/筆者が関与した揉み消し工作/なぜ日本外交は八方塞がりの状況に陥ったのか/猥褻事件で外務官僚が懲戒免職になる事例は「少ない」/国益のために働いたエージェントを冷酷に切り捨てる外務省/1枚のDVDよりも軽い「人の命」/「赤いTシャツ」が賞品になった閉鎖空間の外務省
2 公金にタカる官僚たち
本稿に対する外務省の“反論”/外務省職員の犯罪を記す理由/誰かが指摘しないかぎり、過ちは必ず繰り返される/エージェントに暴言を吐いた首席事務官の実名/外務省幹部へ 公の場で徹底的に議論しようではないか/外務省職員「預金残高7000万円」はザラ/非課税・精算必要ナシ=「在勤手当」のおいしい仕組み/給料とは別に1人あたり800万円超を支給!/在ロシア日本大使館の組織犯罪「ルーブル委員会」 国益を毀損している外務官僚と差し違える覚悟で書く
3 対マスコミ謀略工作
底なし沼の底なき底まで、共に沈もう/外務省内「腐敗分子」=幹部30名の徹底的な除去を/外務省が「必ず削除せよ」と命じてきた箇所/書評にまでクレームをつけてきた/特定政治家に情報を横流し/外務省に5〜6回接待されたら「情報提供者」に昇格/外務省の具体的な「対マスコミ」工作/外務省「与党」記者は出世させ、「野党」記者は潰す
4 私が手を染めた「白紙領収書」作り
筆者への警告/本当に筆者を止めたいのなら削除や寄稿禁止を命じればよい/「東郷さん。切腹ではなく、打ち首を望んでいるんだね」/「鈴木宗男田中真紀子」対決を煽った真犯人/鈴木宗男代議士に飲食費や遊興費をつけ回した外務官僚は/機密費を使った記者の接待はすべて外務省に記録されている/外務省得意の言い訳「事実は確認されていない」/記者は「弱味を握られたら最後」/若手外交官からのエール
5 「沖縄密約」最後の封印を解く
外務官僚の不作為により人が死ぬ現実/トラブルは政治家に押しつけて責任逃れ/外務省がきわめて神経質になる「沖縄密約問題」/「真実」を知る証言者/吉野氏に偽証を促していた外務省/首相以下、政府全体が国民にウソをついていた/密約電報の流出時には辞職を覚悟していた/優秀な外務官僚は政治家を使いこなす/「400万ドル」の裏で「3億2000万ドル」が消えた/「核の撤去費用」はなぜ盛り込まれたか/国民に嘘をつく国家は滅びる
6 沖縄密約――日本を奇妙な国家にした原点
「記述されない歴史」の重要性/「西山記者事件」が持つ意味/沖縄返還協定から、日本の安全保障は変質を遂げた/沖縄密約は「佐藤4選」のために進められた/隠された対米巨大支払い=3億2000万ドルの内訳/「自分は本当のことは喋らない」と刑事に納得させた/権力に誘導されていく恐ろしさ/国益ではなく、結局は「自分たちを守るため」/吉野文六氏の失脚を狙う勢力が存在した?
7 日本外交「再生」への提言
倫理に時効はない/挑戦状はしかと受け取った/西田恒夫外務審議官「オフレコ懇談」について問う/安倍晋三総理は“コーマン”だったか/鈴木宗男氏を政界から一時的に葬り去った功労者/西田氏の得意技=マスコミへの飲食費つけ回し/「1億円を超える所得が非課税」だから特権意識を抱く/人事を逆手にとった外務省改革案/筆者を反面教師にせよ
特別付録①
杉山晋輔外務審議官の思い出
特別付録②
杉山晋輔外務審議官の罪状

週刊誌のスキャンダル隠蔽のために/東郷氏が口にした「取引」/反日デモを招いた張本人/外務省の情報統制/「詫び状」がいつのまにか「圧力」に/女性家庭教師と昼も夜も/必ず1000ドル渡す理由/便宜供与のいい加減ぶり/大使館の「政治部長」/警察幹部の耳打ち/「アメリカンスクール」の中枢にある腐敗/知りすぎてしまったよそ者は
本書に登場した主な外務省官僚のみなさまと鈴木宗男さん
おわりに