ダンテ『神曲』講義 - 平川祐弘
本書は平川氏が2007年4月から1年間、荻窪の読売文化センターで行なった社会人向けのレクチャーをまとめた講義録。月に二回、第二・第四土曜の一時半から三時まで、合計二十四回講義したものに「まえがき」を付した上で、本体の講義部分を二十五回に分けて整理したもの。
訳文は河出文庫版『神曲 地獄篇 (河出文庫 タ 2-1)』『神曲 煉獄篇 (河出文庫 タ 2-2)』『神曲 天国篇 (河出文庫 タ 2-3)』に依拠しており、『神曲』の事柄の多くは Hoepli 社から刊行されている la Società Dantesca Italiana(イタリア・ダンテ学会)版の註に負っている。この版が「イタリア語テクストで、もっとも広く行なわれていて註も良い」。
十四世紀、ダンテはトスカーナ方言で『神曲』を書いた。ダンテのソネットはイタリアの初級教科書にも出てくる。それは今のイタリア語の標準語に近いからだ。「二十一世紀初頭のイタリア人にとってダンテは難しいが、二十一世紀初頭のイギリス人にとってシェイクスピアが難しいほどには難しくはない。日本人にとって『源氏物語』が難しいほどには難しくはない。」アーサー・ウェイリーは、源信の『往生要集』を Dantesque ダンテ的だと評した。『神曲』の地獄篇と『往生要集』との間に共通性を認めたからだ。夏目漱石は『倫敦塔』に彼一流の訳を載せている。前々からJ・A・カーライルの英訳を読んでいたのだ。蔵書にも書き入れが残されている。
ほかに閑な時間があれば、外出時には『神曲』翻訳用に特別注文した原稿用紙と Temple Classics の伊英対訳本をいつも持参していたから、カフェでも訳しました。Temple Classics の英訳をよく利用したのは、薄い本で持ち運びが容易だったのと、対訳本の常として原文からあまりかけ離れた訳はしていないからです。韻を踏んだ英訳は、Sayers などがそうですが、英語の韻のために特殊な言葉を使うから、参考にするにはよくない。従来の日本語訳は上田敏の『詩聖ダンテ』中の語句、漱石の地獄の門の銘、を除けばまったく参照しませんでした。今回のこの講義のために、山川、野上、寿岳訳を時々読み比べています。
第十三回
私は外国人でイタリアで暮らしたのは延べ二年足らずですから、どうしても語感が鈍い。それでもわかりやすいのもいくつかはある。「犬」は cane で「牝犬」は cagna、cagnaccio というと「駄犬」、というか「汚らしい犬」、accio とか uccio が語尾につくのは、相手を卑しめ貶める時です。不良・軽蔑感を加えるといわれます。ボッカは「口」だが「口の悪い奴」はボッカッチョとなる。ただし『デカメロン』の著者のボッカッチョの場合は固有名詞で、綽名ではありません。先祖に口の悪いのがいてそういう姓になったのかどうか、そこまでは知りません。
第十四回
ダンテやボッカッチョの時代のイタリアでは寝るときは裸であったようで、その習慣は日本でいうと室町時代あたりまで、イタリアでは続いたらしい。しかしきっと社会階級や地方で違っていたでしょう。日本でも戦争中に東北地方に疎開したとき、土地の人が冬でも裸のまま寝具にはいっていて、その方が暖かいといわれて驚いた、と敗戦後帰郷して私に伝えた学友がいました。
第十四回
以下、言及している文献等を参考までに一部記載した。
まえがき
- 『ルネサンスの詩―城と泉と旅人と』平川祐弘
- 『中世の四季―ダンテとその周辺』平川祐弘
- 『ダンテの地獄を読む』平川祐弘
- 『創作家の態度』夏目漱石
- 『ダンテの詩』クローチェ
- 『デカメロン』ボッカチョ
- 『イタリア語の歴史―俗ラテン語から現代まで』ヴァレリア・デルラ・ヴァルレ
- 『新生』ダンテ
- 『タイムズ』紙
- 『伊和中辞典』小学館
- 『いいなづけ(下) 17世紀ミラーノの物語 (河出文庫)』マンゾーニ,平川祐弘訳
- 『アーサー・ウェイリー?『源氏物語』の翻訳者』平川祐弘
第一回 ダンテの「新生」
- 『古今和歌集』
- 『伊勢物語』
- 『桜の実の熟する時 (新潮文庫)』島崎藤村
- 『ダンテ』T・S・エリオット
- 『ダンテについて』正宗白鳥
- 『新生』上田敏訳
- 『神曲』上田敏訳
- 『往生要集』源信
- 『デカメロン』柏熊達生訳
- 『文学界』誌
- 『新生』島崎藤村
- 『The New Life』Dante Gabriel Rosseti ダンテ・ガブリエル・ロセッティ訳
- 『Dante : Oeuvres complètes』André Pézard アンドレ・ペザール訳
- グイド・グイニツェルリのソネット
- 『海潮音』上田敏訳
- Attilio Monmigliano アッティリオ・モミリアーノ
- 『クオレ』デ・アミーチ
- 『源氏物語』
- 『太平記』
- 『日本外史』頼山陽
- 『西国立志編』中村正直訳
- 『英仏・仏英辞書』Mansion編(Harrap社)
- 『俗語論』ダンテ
- ベルトラン・ド・ボルン
- アルナウト・ダニエル
- 紀貫之
- 『創造讃歌』聖フランチェスコ
- 『文学界と西洋文学』矢野峰人
- 『和魂洋才の系譜』平川祐弘
- 『トリスタンとイゾルデ』ワーグナー
まえがき
- 作者: 平川祐弘
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2010/08/26
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第一回 ダンテの「新生」
平川の講義について/聖母崇拝と淑女崇拝/母語と清新体第二回 仏教の地獄とキリスト教の地獄
第三回 作品の冒頭
人生の道の半ば/ウェルギリウス登場第四回 地獄の門
第五回 三途の川、辺獄
渡し守ガロン/辺獄にいる偉人たち第六回 肉欲の罪
地獄の裁判官ミノス/パオロとフランチェスカ第七回 大食らいの罪、貪欲と浪費の罪
第八回 忿怒の罪、地獄の下層界へ
第九回 異端の罪、暴力の罪
第十回 自殺者の森、熱砂の沙漠
第十一回 男色者たち
眞理ハ細部二宿ル/エリオットとアウエルバッハ/ブルネット先生/背徳のフィレンツェ名士たち第十二回 悪の濠、欺瞞の罪
怪獣ゲリュオン/高利貸たち/空中飛行/十の悪の濠/女街、阿諛追従第十三回 聖職売買、汚職収賄
脚で泣く法王/占師たち/『神曲』翻訳のきっかけ/鬼の登場第十四回 鬼どもの行状
鬼どもの合図/鬼どもの案内/逃げおおせたダンテ/偽善者たち第十五回 異形の者
欺されたウェルギリウス/ヴァンニ・フッチ/動物変身譚第十六回 オデュセウスの詩
オデュセウス/グイド・ダ・モンテフェルトロ第十七回 ダンテの自己中心的正義感
罪の神学的分類/分裂分派の徒と見なされたマホメット/ベルトラン・ド・ボルン第十八回 地中海世界と寛容の精神
第十九回 氷の国、裏切の罪
第二十回 地獄の底、煉獄到着
悪魔大王/地獄からの脱出/煉獄の島/島守カトー/自由とは何か/暁闇の時第二十一回 煉獄前地
カゼルラ/マンフレーディ/べラックワ第二十二回 『神曲』と複式夢幻能
プオンコンテ・ダ・モンテフェルトロ/謡曲『敦盛』との比較/ピーア第二十三回 七つの環道
高慢の罪を浄める人たち/煉獄山を登る第二十四回 地上楽園から天国へ
フォレーゼと妹ピッカルダ/ベアトリーチェとの再会第二十五回 天国篇
天国篇の詩は生動しているか/聖フランチェスコと『創造讃歌』/有難がってはならない/ダンテの詩的天分/カッチャグイダの予言/至高天へ索引
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